第34話 青葉さんはきっとラーメンも好き
その折、森川がイルミネーションデートで爆死した。
「イルミネーションの日以来、多分ブロックされてる」
寒空の下、昼のラーメンに一緒に並びながら、森川は溜息を地面に向けて吐き出した。森川の姿は朝もちらっと見かけたのだが、その時点で妙にテンションが低いように見えた。気のせいではなかったらしい。
俺はコートのポケットに手を入れたまま、そうか、と相槌を打つ。返事をした拍子に息が見えた。しかし天気は悪くない。薄い雲がところどころ散っているだけの快晴だ。
「イルミネーションでなんか変なことでも言ったのか?」
「いや多分逆」
「無難すぎて駄目ってこと?」
「いや。多分、もう告白のタイミングだった」
「ユリさんと何回会ってんだっけ?」
「イルミネーションがちょうど3回目……いや婚活入れたら4回かな。婚活で会って、昼にカフェで1時間くらい喋って、その次にイタリアンを食べて……で、食事とイルミネーション」
「って聞くと、もう一回くらい何かあってもよさそうだよな」
「だろ?」
森川は我が意を得たりと意気込んだ。ダウンコードがシャリッと音を立てる。
「ちょうどクリスマスが近いから、そこでもいいかなと思ってたんだけど」
「ああ、簡単なプレゼントも用意して?」
「そう。結局、彼氏面みたいに思われてもイヤだなと思って次はクリスマスより前に会えたら、みたいなことを言ったんだけど」
多分それがまずかったんだろうな、と森川は呟いた。でもそれの何がまずかったのか、俺にはよく分からないし、多分森川も分かっていない。
これが青葉さんならどうだろう。きっとクリスマスだろうがなんだろうがどうでもいいと言うだろう。もしかしたら「マーケットに行きたいからちょっと付き合ってよ」と言うかもしれないし、逆に「マーケットに行ったんだけど」と事後報告してくるかもしれない。いずれにせよ、青葉さんはこだわりがないことは見えているので気楽なもんだ。
しかし森川にとってのユリさんは分からない。なんたって4回会っただけの他人なんだから。
……青葉さんが言ってたのはこれだな。不意に腹落ちした。しかし、肝心の森川は「でもなあ、婚活だってほぼ11月だったし、まあまあ優良進行だったと思うんだよな」とぼやく。
「まあそんな感じで……ここで来ないならナシって判断されたわけだ、俺は」
「って言われたのか?」
「いや何も聞いてない。でもそういうことだと思う」
「ふーん……」
「週末はミハルさんとデートだけど、これも4回目だから告白しなきゃいけないのかな」
「したくないのか?」
「したくない……とは言わないし、ブロックされたらショックだとは思うんだけど」
列が前に進み、俺達は店内に入る。ここも森川の提案で、最近開拓したオススメだそうだ。
コートを脱ぎながら、事前に購入しておいた食券をテーブルに置くと、それと交換するようなスピードでラーメンが置かれた。お互い横並びで座って、割り箸を手に取る。蒸気が冷えた顔を温めてくれて少し心地がいい。
「お、うまいな」
「だろ。ちょっと並ぶけど回転速いし、最近よく来てる」
麺を啜りながら、頭には青葉さんが浮かんだ。青葉さんがラーメンを好きな話を聞いたわけではないが、青葉さんならこの味はきっと好きだろう。今度誘ってみよう、「寒いからちょうどよかった」と喜んでくれるに違いない。
「こういうところに一緒に来れる相手がいいんだよな」
ぼそっと、森川は呟いた。森川がユリさんやミハルさんを連れて行く先は、営業部での知見を活かしてのデートスポットが多いのだろう。でも森川は元来そういうところが好きなわけではない。
森川は器用なヤツだ。森川は俺を中庸だと言ったが、森川もまた違う角度で中庸だ。相手の要望を汲むことに長けていて、その見える要望をついつい優先してしまう。営業に御誂えの性質で、でもそれを貫けるほどバイタリティがあるタイプではなく、プツンと電源を切ることがある。
だから、ユリさんもミハルさんも、森川とのデートには満足したに違いないし、逆に森川は疲労も重なったに違いない。
「でもそれこそユリさんはラーメンなんか食べに行かないんだよな」
「その意味ではブロックされても問題なかったんじゃないか?」
「……まあな。食の好みが合うのは大事って言うし」
というよりは、デートと名がつくものはいつも格式張らないといけないわけではなく、たまには牛丼屋でもいいと思えるような関係性の問題なのでは。
「そういえばこの間、ハンバーガー食いに行ったんだけど」
「ラーメン食いながらハンバーガーの話ってどうなんだよ」
「まあ聞いてくれよ。俺、ピクルスだけはマジで無理なんだけど、うっかり抜きで頼むの忘れて」
「うまいハンバーガーが台無しに?」
「そ。せっかくうまいもの食べたのになって。彼女ってそういうとこない?」
「彼女って一般論の彼女?」
「俺、料理ができないとかオシャレじゃないとか、そういうのはどうでもいいんだけど、掃除をマメにしないのだけは無理で」
森川が綺麗好きだとは知らないが、相当こだわりのある部分らしい。森川はラーメンを食べる手を止めて、軽く頬杖をついてみせた。
「別にめちゃくちゃ合う相手ってそんないないじゃん。なんかどこかで、どっちかが相手に合わせるじゃん。それが悪いとかじゃなくて、それって多分、普通に生きてたらやっちゃうことだと思うんだよな」
他人の意図を汲むのに長けている森川らしい。森川は疲れても彼女(候補)をイルミネーションデートに誘う。部屋でゲームをしようとは言わない。
「だから、合うところがあんまないなってよりも、マジでこれだけは無理だってのがなければそれでいいのかなって」
「そうか?」
「そんなことないか?」
どうだろう。例えば俺にとってマジで無理なのは……何を考えているか分からない人だと青葉さんには、言ったけど、森川のいう掃除に比べると抽象的過ぎる。そういう意味では、ゲームを禁止してくるような彼女は無理だ。じゃあ、これから新たに出会う人がゲームに寛容なら付き合うのかと聞かれると、そうは思わない。
「どうせ、この人じゃなきゃ駄目だってことって、今更ないと思うんだよ。この人は駄目だ、ってのがあるだけ。だったら、ピクルスが入ってないならいいか、くらいの心持ちで臨もうって。ミハルさんのデートの準備しながら思ってる」
この人じゃなきゃ駄目だってことは、今更ない。本当に、そうだろうか?




