第27話 青葉さんは合理的
電子レンジがじりじりとオレンジ色の光を放つ。手持無沙汰に隣に並ぶと、青葉さんが妙に小さく思えた。
……いや勘違いじゃないぞ。なんか青葉さんが物理的に小さいぞ。俺の胸くらいまでしか頭がないって思ってたけど、もっと小さいんじゃないか。
「……青葉さん、なんか今日小さくない?」
「白沢くん、今日は赤道直下に出張にでも?」
「……ごめん意味分からないんだけど何?」
「赤道は重力が相対的に小さいから。そこは誤差だろというツッコミ待ち」
「そんな分かりにくいボケをかまされたの人生で初めてだよ」
「真面目な話、靴はいてないからじゃない?」
……なるほど。青葉さんの身長は外に出ると7センチ高くなるのだ。今日は3センチしか高くなかったとはいえ、そのぶんの差なのだろう。
でもじゃあ、なんで今まで気づかなかったんだろう。……こうしてすぐ近くで隣に立っていることがなかったからだ。気が付いて、さりげなく半歩横へずれた。
そんな俺の気などいざしらず、青葉さんは腕まくりをした。少しだぼついたパーカーの袖の下から現れた手首はびっくりするほど細くて結構マジでビビった。青葉さんに華奢な印象はなかったが、横から見ると結構体が薄い。
「何?」
「いや……なんで腕まくりするんだろうなと思って。気合い?」
「料理するのに邪魔じゃない?」
「別に……」
疑問を抱いたことではあったが、言い訳でもあった。青葉さんの腕の細さが予想外過ぎて目が離せなかった。
そのとき、電子レンジの音が鳴らなければ、多分そのまま見つめてしまっていた気がする。慌てて視線を背けると「これどうすればいいの?」「食器棚の最下段にお茶碗が入ってる」と指示された。開けると、どことなくオシャレな赤色の茶碗があった。
「さすがにお茶碗は二膳ないから……どうしようかな、白沢くんはお味噌汁用のお椀かな」
「なんでもいいよ、御馳走になりに来た側だし。これ?」
「そう、それ」
俺の暫定茶碗は漆塗りの剥げた味噌汁茶碗に決まった。青葉さんは鍋の蓋を開けて中を混ぜながら「これだから眼鏡は」と曇る眼鏡に文句をぼやいた。
「で、この茶色いご飯ってなに?」
そういえば昔、母親が玄米を勧めてきたことがあったような。コンプライアンス部の青バラだし、「ランチは常にサラダから」と意識高いことを言ってもおかしくない――が、冷静になれ、相手はこの青葉さんだ。そう言い聞かせていたところに。
「梅ご飯」
やはり斜め上の回答がきた。
「なにそれ?」
「白沢くんは思ったことがありませんか、白米は万能なのに、なぜおでんとは合わない気がするのだろうかと」
なくはない。でもおでんなんてしばらく食べてないので、あまり考えたことがなかった。
それを青葉さんはわざとらしく気取った様子で言う。
「そこで私が辿り着いたのが、この梅ご飯。まあご賞味あれ」
「……はあ」
よく分からなかったのだが、いざおでんを用意され、梅ご飯と食べると舌を巻いた。舌だけに。
「確かにこれ合うな!」
「でしょう」
ダイニングテーブルの真ん中に置いた鍋から、青葉さんは手元の器へと具を移す。
「梅とおかかでできるんだけど、本当におでんに合うからオススメ。無限に食べられるから注意だけど」
「……青葉さんって食事にこだわりがあるのかないのかどっちなんだ?」
鮭の塩焼きを週4回食べるかと思えば、外食は刹那的な幸福しかないと言い、おでんに合うご飯をわざわざ考える。あまりにも一貫しないと思うのだが、青葉さんはなぜ疑問を持たれているのか分からないとでも言いたげだ。
「まあ……あるほうでは? 美味しくないものは食べたくないし」
「そりゃ誰だってそうだ。でも食事にこだわりがあるなら鮭の塩焼きを週4回は食えないと思うんだよ」
「そういう意味ではこだわりはないと思う。会計事務所にいるときにバランス栄養食を箱買いして昼食を全部そうしてたら、秘書さんに引かれて」
秘書みたいなツラをして秘書がいる青葉さん、強い。
「3、4ヶ月くらいしてさすがに飽きてきたなあと思って」
「え、じゃあ3、4ヶ月はバランス栄養食だけで昼を済ませてたってこと?」
「そう。だから栄養が確保できればなんでもいいと思ってる節はあると思う」
そりゃ引かれるだろ……。青葉さんの元秘書に会ったら握手をしていると思う。
「でもおいしいものを食べたいと決めたときは食べたいというか……なんだろう、オンオフがあるんじゃないかな」
「……いや、分かった。青葉さんは合理的ならなんでもいいんだ」
実にコンプライアンス部の人間らしいというべきだろう。コンプライアンス部の青葉さんは、社内規則や法令から導かれる会社あるいは従業員の行動として合理的であったか否かを常に詰めてくる。青葉さんは「忙しくて夜を家で食べる暇がないから夕食を朝食にシフトさせるのが合理的」「食事の目的が栄養であるときにはバランス栄養食が合理的」と考え、その合理を優先させている。おでんに梅ご飯を合わせるのは「おでんを食べたいという欲望を最大限利したい」からで、これもある意味合理だ。
青葉さんはぱっと顔を明るくした。
「つまり筋が通ってるってことだね」
「青葉さん、変な人だってよく言われるだろ」
「言われることもあるけど、みんな言われることでしょ」
「そんなわけあるか」
というわけで、おでんと梅ご飯はおいしかった。ついでに、解像度が上がった青葉さんと喋っていると、次々と奇天烈だが合理的な行動が出てくる出てくる。難解なパズルを紐解いたような達成感に任せて話し続けた。
「じゃ、俺はそろそろ」
「え、帰るの?」
青葉さんが目を丸くした。時刻は22時半だ。
「帰るよ、明日平日だし」
「この間も平日ど真ん中に同居同盟していったのに」
だから気にするなとでも言いたげだ。そりゃ、この季節なら着替えも少々気にはならない……かもしれない。
が、なんとなく今日は帰りたい気分だった。
「……明日に限って紙の書類要るからさ。一回帰っとく」
「へー、そうなんだ。大変だね」
部署が違えば仕事の常識も違う。青葉さんはあまり疑う様子もなく手を振った。
それを見て、あ、やっぱりやめようかな、と声が出かかった。でも同時に、帰ったほうがいいとも思った。
理由は分からない。でもなんとなく、今これ以上青葉さんと一緒にいると、引き返せなくなる気がした。




