第21話 青葉さんは人付き合いが苦手
こんなに緊張するお泊り会があって堪るかと思うのだが、青葉さんは全く気にした様子なく、ふふふと笑いながら布団を押し上げて表情を半分隠す。窓の外から入って来る薄明かりの中、ほの暗い部屋の中の空気はまだ冷たいままだ。
「お泊り会っぽくコイバナとかする?」
「青葉さんがそんな普通の話をするわけないだろ」
「失敬な。でも恋愛を見据えた同居同盟なんだからコイバナくらいしとこうよ。ハイ、好みのタイプは?」
「そんな無粋な話から始める恋愛があって堪るか。大体、コイバナするなら青葉さんのほうが色々ネタがあるだろ」
「私?」
「婚活パーティーに物申してたし、なんか恋愛観も色々あるし、というか引く手数多だろ」
「でも大抵の男の誘いは馬鹿げてるよ」
あまりにも鋭利な刃を持つ言葉に、言われたわけでもない俺のほうが胸を痛めた。やめてやれよ、今日の帰りにエントランスで会った男とかがそこに入ってくるわけだろ。もはやチェーンソーで滅多切りしてるまである。
「なんでそこまで……」
「だって社会人になって出会う人って同僚ばっかりだから。結局、私達を繋ぐ共通のものなんて仕事なわけでしょ? それをいくら重ねたところで親しくなるわけがない」
「でもそこから積み重ねる関係みたいなのもあるだろ? 指導係と付き合う例もあるし」
「私は中途だから指導係とか知らないし、少なくとも私の経験でいえば、公私は別。大体、仕事関係の相手には親切にするでしょ? 私達、大人なんだから」
青葉さんの話は切れ味を増していく。これだから“コンプライアンス部の青バラ(品種改良したら棘が鋭すぎた)”なんて言われるんだ。
「仕事における言動は公の心に基づくもの。もちろん濃淡は出るけど、それは相手もきちんと返してくれるから。だからやっぱり公の心以上はないんだよね。その関係で、何をどうやって相手に興味を抱けと? その相手に誘われてどう胸をときめかせろと?」
要は、ちょっと一緒に仕事しただけで勘違いしてんじゃねーよ、というわけだ。
「まあ言わんとすることは分かるよ。社会人として一線を引くというか、弁えまえるから。それに、新卒ならまだしも、この年で学生の延長みたいな恋愛はしない」
ただでさえ、お互いに気遣っている関係だ。ちょっといいな、と思ったって、誘って断られたときのダメージが、学生と社会人とでは比べものにならない。学生なら授業の席を離せばいいとか、数年待てば自動的に卒業して離れられるだとか、そんな物理的な安心感があるが、社会人にはそれがない。それでもって精神的に成長してようがいまいが、少なくとも自尊心だけは立派に育ってる。この年になって仲良くなりたい女性に袖にされたら立ち直れないだろう。
「でしょお。あーあ、大学生のときにちゃんと恋愛してたらよかったな、って最近思うんだよね」
青葉さんの主張には大体同意できなくはなかったが、そこは特に同意はできなかった。俺自身は、大学のときに恋愛をしている。 “ちゃんと”恋愛したかったとは思わない。
「大学生の恋愛って、結構人生で大事な意味を持ってることが多くない?」
「高校生から大学生になっただけでそんなに変わるか?」
「変わる要素が多いでしょ。自由な時間も増えるし、相手のことを知る時間もある。それに物事に対する解像度っていうのかな、そういうものが近い相手同士になるし。話も合いやすい」
中学までは玉石混交、高校受験で一度ならされ、大学でさらに細かい目のザルに振るわれる、と。まあ東京育ちには中学受験もあるだろうが、俺や青葉さんみたいな地方出身者にとってはある程度当てはまりそうな話だ。
「それに、高校生のときと違って、みんな自分の人生始めてる感じがない? 始まった自分の人生で選ぶ人、初めて選ぶ人! 大事な意味があるでしょ、結末はどうあれ」
どうだろうか。俺と相原の恋愛に、何か大事な意味はあっただろうか。
ちなみに相原は青葉さんと正反対のタイプだ。青葉さんの低いはっきりとした声と違って、弱々しくて細い声だった。こんな風に刺々しく鋭利な言葉を放つ強さなどない。穏やかで、人に合わせるタイプで、毎日が平和にのんびりと動いているタイプだった。まかり間違っても同居同盟がなんて提案はしてこない。
相原が俺の初めて選ぶ人で、大事な意味があった……のだろうか。……大事な意味ってなんだろう。
「青葉さんも大学生の恋愛に大事な意味があったと思ってる?」
「んー、交際という意味では。私は本当に好きな人とじゃないと付き合えないなって分かった。告白されたら付き合ってみるタイプなんだけど」
告白されたら付き合ってみる、人生で言ってみたいけど言うことがなさそうな台詞のトップ5にランクインする。モテる人の特権だ。
「特に興味が湧かないから、そのうちデートも面倒になる。自分の性質を発見するいい機会だったかな」
青葉さんは放り投げるように言った。興味のないチラシを投函されたって一瞥もしません、とでも言うように。
「もしかして人を好きになったことないとか言うか?」
「人並みに初恋はあったけど、小学生のときかなあ。近所に住んでたゆうくん」
「ゆうくん、いいね、幼馴染っぽい響きだ」
「今は何してるか全然知らないんだけど」
「ときめきを返してくれよ」
「で、おしまい。人付き合いが苦手だから、そもそも他人と知り合うことがないし。知り合いの広がり方って友達と一緒のところに友達の友達が来るとか、そういう流れが多いじゃん? でも私の場合基本的に同性だったから。大人数の飲み会も好きじゃないし」
そう言われると納得するような。というか、彼氏がいる女性を飲みになんて誘わんしな……。どっちかいうと問題はそこだろう。今は彼氏がいないと言っても、他部署の同僚を飲みに誘うのは勇気が要る。そうでなくとも、コンプライアンス部なんて真面目な人が多そうだし……。
社会に出れば学生時代ほどの接点はなく、同じ会社の同僚であるという唯一の接点こそが壁を作る理由になる。社会人として真っ当に生きようとすればするほど、社会の歯車として、周囲と歩調を合わせ、顔色をうかがいながら、ただ軋まずに役割を全うすることに終始する。
ふと、相原は、周りからは「立派だ」と言われていたことを思い出した。きちんとしてる、真面目でしっかりしてる、そう言われていて、でも俺はいつも首を傾げていた。相原はメンタルは弱いし、びびりだし、結構抜けてるし、ただそういうところが可愛いところだった。
それと同じだ。立派な社会人は同僚相手にちゃんと仮面を被る。でも恋愛は仮面を脱がなければ始まらない。つまり、社会人と恋愛は相性が悪い。
「まあ……そうだね。その意味では、社会に出てから誰かを好きになるって、結構難しいことなのかもな」
なるほど確かに、結婚じゃなくて恋愛をしたかったんだという青葉さんの台詞は言い得て妙で、そしてこの同居同盟は、そんな青葉さんには御誂え向きだ。




