第20話 青葉さんは子どもっぽい
風呂に入るまではオーケー、既に実績解除済みだ。しかし実はいつも徹夜で喋ってゲームをするばかりで、まだ「布団を敷いて隣で眠る」の実績を解除していないというのは、まるで叙述トリックである。
いやしかし、風呂をクリアしたのだ。何とかなるに違いない。何とかってなんだ。何の問題があるっていうんだ。その思考停止状態で青葉さんの部屋へ行き、風呂に入って(というかシャワーだけ浴びて)出ると、青葉さんは寝室扉を開けていた。
「布団敷いといた」
「おかしいおかしいおかしい」
もう言わずにはいられなかった。青葉さんはバスタオルを抱えたまま「なにが?」と首を傾げるが、もういい加減ツッコミを入れさせてほしい。
「青葉さん、最初に言ったことをもう一度言うぞ! 俺は男なんだ! 寝室に布団を敷くなんて真似をするもんじゃない!」
「白沢くん、最初に話した同居同盟の趣旨をもう一度説明します。この同居同盟においては“距離が縮まった結果、『コイツ、ナシだな』ってなるのも『アリ』である”。そして同居という行為が指定されている以上は、寝食を共にすることが当然に包含されており、むしろ共にするべきと解されます」
「趣旨だの解されるだのうるさいぞコンプライアンス部め! 男はワンチャンあれば狙う生き物なんだよ!」
「その気があるならとっくに襲ってるでしょ」
呆れた、と言いたげな顔に頭を抱えた。何だろう。ツッコミ用のハリセンとか欲しい。今度買って来て置こうかな。
「ま、白沢くんがそんな人だと思ってたら同居同盟なんて持ちかけてないから。そう騒がないでくださいな」
青葉さんは風呂場に消えた。ここで今すぐタクシーアプリを起動しなかった俺はなんて大人なんだろう。これが社会人というヤツだ。
分かった、そういうことならもういいだろう。なるようになれ。青葉さんが扉を開け放しているのをいいことに、リビングから寝室の中を覗き込む。
寝室の空気は冷えていた。こんなことなら開けておけば寒くなかったのに。でも外の空気の冷たさとは違う。言語化しがたい、部屋の匂いがあった。ここで青葉さんが寝て起きているという気配が、そのまま空気になって充満している。
シングルベッドとクローゼットがあり、ついでに小さなデスクにパソコンが置かれている。青葉さんと弟さんがリビングを挟んでそれぞれの部屋を持っていたのは聞いていた。
青葉さんのベッドのシーツの色はオレンジ色だった。好きな色なのだろうか。青葉さんとは散々話したつもりになっていたが、逆に好きな色は知らない。布団で洞窟ができていて、ここから今朝這い出ましたと言わんばかりだ。青葉さんは結構ずぼらだ。
で、そのベッドの下に薄っぺらい布団が敷かれている、と……。
もはやこれは、青葉さんは俺に気があると考えても自意識過剰ではないのでは。俺は腕を組んで唸る羽目になった。婚活パーティーで会った会社の同僚と同居同盟を締結して、挙句に自分のベッドの隣に布団を敷く。むしろ俺は行かねばならないのでは。
――なんて、残念ながらあの奇人変人青バラの前では本当に自意識過剰である。9割5分が奇行になるのがあの青葉さんだ。……5分くらい違う可能性はなくはないかもしれないが。
でも、俺がそんなことをしないって何だろう。青葉さんの中では一体何の信頼があったというのだろう。草食系に見えるというヤツだろうか。それとも単に意気地なしだと思われているのだろうか。
寝室の前で突っ立ってるのもおかしな話だと、とりあえず布団の上に座り込んだ。薄いらしく、床の感触がわりとダイレクトに伝わってくる。真冬だと少し寒いかもしれない。かと思えば毛布が畳んであった。この同居同盟はまだまだ継続できるらしい。
そうしてぼんやりと座り込んでいるうちに、ドライヤーの音が聞こえてきた。今までは明け方に突然乾かし始めていたが、結局「寝る前には乾かす」というだけなのだろう。大体分かってきた。
そのうちドライヤーの音が止まった。リビングの明かりが消える。寝室の明かりでぼんやり照らされた青葉さんは薄手のパジャマしか着ていない。
その青葉さんはもぞもぞと布団でできた洞窟に潜りこんだ。頭より先に手が出てきて、定位置にあるのだろうリモコンを掴む。
「あ、扉」
「開いたままでもいいんじゃない?」
俺は閉めたくないのだが。6畳の部屋に二人きりになるのと16畳の部屋に二人でいるのとじゃ気の持ちようが全然違う。
青葉さんは少し悩んだようだが「まあいいか」と頷いて明かりを消した。今日は月が明るいらしく、真っ暗闇ではなかった。
しばらく沈黙が落ちていた。俺は何を話せばいいのか、むしろ黙って眠ったほうがいいのか分からなかった。青葉さんは何を考えているだろう。青葉さんのことだから緊張はしていないに違いない。もしかしたら、明日の朝ごはんのことでも考えているかもしれない。青葉さんはそういう人だ。
だとして、眠ろうとしているだろうか。明かりを消された後、少し顔を動かして、青葉さんが横になっているベッドを見上げると、青葉さんと目が合った。眼鏡と化粧をしていない顔は、その笑顔も含めて子どもっぽい。
「なんだかお泊り会みたいだね」
青バラめ……。一瞬胸が高鳴ったのは、勘違いということにする。




