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コンプライアンス部の青葉さんは恋をしたい~関わるとトゲがある美人同僚に同棲を提案された件  作者: 潮海璃月/神楽圭


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第18話 青葉さんは青竹を割ったような性格


 青葉さんとの同居同盟のいいところ。それは、金曜日の夜以外は今まで通りの日々が待っていることだ。


 もちろん、青葉さんと過ごす金曜日の夜に不満はない。でもそれは多分、たまにある飲み会の予定が楽しいようなものだと思う。楽しい飲み会も毎日あると疲れる。例の、青葉さんの遊園地理論だ。


 だから今日の俺は、パソコンの右下にある時計が6時になった瞬間、判を押したような日々を全うすべく席を立った。


 今日は帰って一人でゲームをしよう。でも手持ちのゲームはちょうどクリアしてしまったところだ。新しいものを買ってもいいが、新しいものを買うとずっとそちらをやりたくなるのが俺のたちである。青葉さんとはまだやってるし、どうするかな――。


 そんなことを考えながら1階まで降りて――青葉さんを見つけてしまった。


 茶色いトレンチコートを見るのは初めてだったので一瞬分からなかったが、あの背格好は青葉さんだ。しかし、背の高い男と喋っている。それならちょうどいい、俺は今日は帰ろう。気付かぬふりをして通り過ぎようとしたとき、青葉さんがこちらを向いた。


「あ、白沢さん」

「あ、どうも。先日はお疲れ様でした」


 青葉さんの視界の広さ、あるいは動体視力がすごい。ほとんど後ろを通り過ぎようとしていた俺をなぜ見つけてしまえるのか。


 しかし、相手の男は「誰だこいつ」なんて顔をしている。邪魔をしてはいけない、誤解されてもいけない、ここは颯爽と立ち去ろう。手刀を掲げようとしたところで、さっと青葉さんが素早く動いた。相手の男から離れるように、そして俺の隣に立つように。


「では私、予定がありますので」


 ……いやないけど。そう言いたいのはやまやまだったが、何か困っているらしいというのは察した。相手がスマホを軽く動かしながら愛想笑いを浮かべていたからだ。


「じゃあ青葉さん、また予定ないときに誘うんで。連絡先とか」

「会社が指定するシステム以外での連絡は機密情報の漏洩に繋がります。何かあれば業務時間内に、メールにお願いします」


 青葉さんも輝く笑顔を浮かべていた。しかし翻訳すると「テメェとプライベートの時間に個人連絡なんてしねえよ」である。なんなら「証拠が残るメールで言える内容にしとけよ」まで含んでいるかもしれない。


 相手の男はちょっと笑みを引きつらせて「ああ、じゃあまた」とすごすご引き下がって行った。このご時世、食い下がればコンプラ違反で通報されるし、何より相手はそのコンプライアンス部の青バラだ。社会的地位のほうが大事に違いない。


 隣の青葉さんは、そこでほっと安堵の息を漏らした。


「ごめん白沢くん、ありがとう」


 途端にタメ口になる青葉さんの切り替えの速さ、これが仕事のできる人なのかもしれない。


「えーと……よく分からないんですけど、お疲れ様です……?」


 しつこい誘いを面倒がっていたのは理解するが、青葉さんなら一人で撃退できたのでは? そう口には出さないうちに、青葉さんは「どれだけ切り上げてもだらだら中身のない話を続けられてたから」と毒のある答え方をした。


「話が通じなかったの。通りかかってくれてよかった」

「ああ、まあそういうのはありますね。では」


 そういうわけで僕はこれで、と再度手刀を掲げようとしたのだが「あ、ちょっと」と引き留められてしまった。


「今日、同盟の日じゃないけど暇?」

「ああ、まあ……」


 またやった。暇なときに暇だと正直に言ってしまう。


「一緒に焼き鳥食べに行かない?」

「……なぜ?」


 青葉さんはスマホに視線を落としながら「今日、本当は先輩と食事の予定だったんだけど」と眉尻を下げる。


「急な仕事で来れなくなっちゃって。昼に連絡もらったから代打を探してたんだけど、見つからなくて。白沢くんに予定がないならどうかと」

「あー……そういう」


 そう言われると断りにくい。こちとら、狂った歯車を戻そうとただ家に急いでいただけだ。代打を探してるってことはコース料理だろうし、格式張ったところは勘弁だけど、どうせ相手は青葉さんだ。


「まあ、そういうことなら、俺でよければ」

「ありがとう! よかった、今日に限って弟も召喚できなくて」

「ああ、例の。仲良いよな」


 歩き出した青葉さんと一緒に地下鉄の駅へ向かう。青葉さんは小柄だけれど足が速く、のんびりと歩く俺のいつものペースにぴったりだった。


 駅のホームに降りると、突風が頬に叩きつけられる。やべえ、ちょっと寒い。この間までクソ暑ィって言ってたのに、11月に入った途端に寒くなりやがって、一体なんなんだ。はためくジャケットを軽く押さえる俺の隣で、青葉さんは髪を押さえながら「有楽町方面です」とその電車を指さした。残念ながら自宅とは逆方向のようだ。


「本当にありがとう、白沢くん。まだ水曜日なのに」

「いやいや、全然。どうせ家でゲームするだけだし」

「でもほら、そういう時間をちゃんと大事にするのがこの同居同盟のいいところだし?」

「まあ、その通りなんだけど……」


 実際、俺もそう思っていた。少し狂い始めた歯車をどうにか戻したいと。


 ただ、いざ青葉さんとこうして食事に行き始めると、まあいいか、とあっさりこの状況を受け入れてしまった。存外、俺は青葉さんと話すのは嫌いじゃないのかもしれない。


 電車は空いていた。お陰で人混み特有の暑苦しさがなく、何より青葉さんとつり革一つ分の物理的な距離を空けることができた。助かった、肩でも触れようものならコンプラ違反まっしぐらだ。


「そのドタキャンされた先輩って大学の先輩とか?」

「ううん、前の会計事務所の先輩。ブラックだから有り得るかなーって話してたら本当になっちゃった」

「ブラックだったのか……」

「金払いがいいからブラックじゃないって私達は言ってるんだけどね。どうしてもいけないって言われちゃった、すごく頼りになる姉御って感じの先輩なんだけど」


 青葉さんは心底残念そうな深い溜息をついた。


「そういえば青葉さんって、敬語じゃなくても方言出ないよな」

「というか、大体同じじゃない? じゃけえ、でしょ」

「まあたまに出なくもないけど……大学から東京来ると、なんか周りに馴染んじゃうよな」

「私もそれ。地元に帰るとおのぼりさんって言われちゃう」


 そうしてだらだらと、たわいない話をしながら目当ての駅へ着き、店へと歩き始める。


 いつもどおりの平日も欲しい、なんて、今はもう思っていなかった。やはり青葉さんとは喋りやすい。変に沈黙も落ちないし、逆に質問が被ることもないし、会話のテンポが合うんだと思う。


 到着したのはちょっと高級な焼き鳥の店だった。二人で座るにはテーブルも広く、隣のテーブルとの間にも仕切りがある。声を張り上げないと聞こえないようなうるさい場所は嫌いなので安心した。


 青葉さんはトレンチコートを脱ぎながら「上着脱ぐ?」と手を出してきた。大丈夫です、と断って椅子を引く。店内は暑いというほどではなかった。


「コースは予約しちゃってるから、飲み物だけ決めて。あ、心配しなくても私の奢りで」

「いやいいよ、食うには食うから」

「付き合わせるのは私だから。で、この手の遣り取りは面倒だから、これでおしまいにしましょう。私はナマで」


 青葉さんは変人だが、しかし青竹を割ったような性格をしている。嫌味なく主導権を握られ、感心した。俺も後輩と飯に行くようなことがあったらこう格好良くやってのけたい。そして俺も生ビールを頼んだ。


 すぐ運ばれて来たジョッキには霜が降りていた。握るとひんやり冷たいそれを、互いに掲げる。


「じゃ、改めまして、お付き合いいただきありがとうございます。週のど真ん中、お疲れ様」

「お疲れ様です」


 この奇妙な関係にも。心の中でそう付け加えた。


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