第15話 青葉さんはゲームがお好き
かくして風呂上がりの俺達は何をするか――答えはもちろん、飲み直しである。
「ほい乾杯、白沢くん」
眼鏡姿になった青葉さんは、冷えていたビール缶を当たり前のように差し出してきた。帰り道のスーパーで調達したものである。
「ご飯食べながらうっすら話の途中になりましたけど……間違えた、なったけど、白沢くんは日頃自炊?」
「いや、そんな頑張れないで……頑張ってない。婚活パーティーで言った野菜炒めがせいぜいかな、寒くて寄り道がしんどい日とか」
いきなりのタメ口は互いにぎこちない。虫歯の治療で埋め立てされたばかりの奥歯のように、どこか違和感が拭えない。
「ていうか、男性って自炊するの?」
「そこは人によるとしか。青葉さんの弟さんは――ってか、弟はどうだったんで――どうだったの?」
「弟が作ってるのは見なかったな、せいぜいレトルトカレ―くらい」
「レトルトカレーだって立派な自炊だ!」
「なにその擁護。野菜炒め作ってるほうが地位が高いっていうか、多分白沢くんのほうが一人暮らし能力高いでしょ」
「姉と暮らしてたら一人暮らし能力つかない気がします、イメージ」
「それが意外と、姉が自分のパンツを洗濯してくれるわけでもないと気付いて並みにはなります」
一瞬ビールを吹きそうになった。青葉さんが姉だったとして、青葉さんに自分のパンツを洗われたくはない。見たことがない青葉さんの弟に同情してきた。
「弟と二人暮らしって会話とかするんですか?」
「普通にするよ。一緒にゲームもしてたし」
「え、青葉さんゲームするの?」
「え、しますけど」
青葉さんはまるで何かおかしいかとでも言いたげに目を丸くしてみせた。いやいやいや……いやいや。確かに、今こうして缶ビール片手に向かい合う青葉さんはゲームをしたっておかしくないが、会社ではあまりにイメージがない。
「何のゲーム……っていうか、婚活で僕がその話したとき、他人事っていうか、自分もするなんて言わなかったじゃ……」
「だってゲームって一口にいっても種類は千差万別じゃないですか? RPGをする人もいればいない人もいる。それなのに、自分もゲームしますって相槌打ってジャンルが外れたらもうお通夜ですよ」
なるほど分かる。しかも、女性のいう「私も漫画読むよ」ってのは「ワンピースはアラバスタ編くらいまで読んだよ」ってやつだ。まかり間違っても深夜アニメ化枠なんて見てないし、そのうち「ネットミームの話ばっかりね」と言われてしまう。ソースを学ぶべきことは義務教育のはずだが。
「ちなみに何のゲームを?」
だから青葉さんもそうに違いないとある意味高を括って聞いていたし、青葉さんも真顔で答えた。
「雑食ですけど、名作はやっぱりダークソウル3だと」
…………青葉さん……。俺は額を押さえたくなった。
「…………めちゃくちゃしっかりやってる人だ、それは」
「でもガチ勢じゃないし。白沢くんもエルデンを嗜むの?」
「嗜むだろゲームするやつは!」
あまりにも激しいツッコミを入れてしまったが、青葉さんは全く気にする素振りがないというか、例えば山月記を知ってると褒められたら教科書に載ってるだろと言い返すかのような顔をしていた。しかし突然ハッとした顔に変わる。
「でも最近はもっぱらモンハンだから」
「何の言い訳なんだそれは……」
「とりあえず暇だしやっとく?」
何がとりあえずなのか、青葉さんはぐいとビール缶を傾けるとテレビボードに向かう。“コンプライアンス部の青バラ”という幻想は音を立てて崩れ落ちていき、その内側からはビールを片手にコントローラーを差し出す現実が現れる。
「……大丈夫」
「あ、やめとく?」
「……カバンに入れてるからできる」
「もしかして白沢くん、私とモンハンしに来たの?」
訝しんだ目が本気だった。もちろんそんなわけはないのだが、俺は今回の同居を必死に現実的にシミュレートしたのだ。そのとき、青葉さんが風呂に入っている間の時間をどう過ごすかが悩みどころだった――無になるためにひたすら宝玉を探すべきだと思ったのだ。だからカバンにLiteを忍ばせただけだ。
「……通勤時間の暇潰しに」
「通勤時間ってしんどいよね。私、高校生まで自転車で大学も徒歩だったからしんどいのなんの」
立ち上がった青葉さんはテレビボードの下からコントローラーを取り出した。純正、ガチだ。テレビの電源を入れて起動しながら、青葉さんはソファの端に置いてあるもこもこふわふわのセーターを手に取る。概念上のふわふわした女子が着ているあれだ。水色のパステルカラーのボーダー柄は、青葉さんにはよく似合う――と、今までの俺なら思っただろう。今ではその印象を抱くとちょっと的外れな気がした。それが何かまではまだ分からないけど。
青葉さんはその概念上のふわふわセーターを着ると、ソファに座って手招きした。
「お待たせ、じゃ、狩りに行きましょ」
ソファは、アイボリーの地味なソファだ。クッションも同じ色で、備え付けのものなのだろうと予想がつく。あまり大きくないそのソファの、できるだけ端に座った。それでも近いせいで、風呂上がりの青葉さんの横顔がよく見えた。
正直、化粧が剥がれても顔は変わらなかった。もちろん「ああ、化粧してたんだな」と思う程度の変化はあるが、そこまでだ。美人ってのはそういうものなんだろう。
「……青葉さんって化粧してもあんまり顔変わらないんだな」
多分女性に言ってはいけないことの一つなのだが、ゲームのくだりで完全に気が緩んでしまっていた。
でも青葉さんはさして気にした様子もなく、ただ頷いた。
「肌が弱いもんで。化粧に挑戦できずにいるうちにこんな有様に」
「あ、へえ。そういうのあるんだ」
よかった、失言じゃなかった。胸を撫で下ろす俺の隣で、青葉さんは「荒れた肌を治すのは一苦労だからね。在宅の日は絶対化粧しないし」なんて堂々と言ってのけた。青葉さんの顔の意外な苦労を知った。
さあやろう、と青葉さんは少し腰を浮かせた。ソファで感じる青葉さんの体重はさして軽くもならない。見た目通りさして重くないんだろう。
「ちなみに白沢くんの武器は?」
「弓、てかこのバージョンだと弓が強すぎて他使う気にならなくて」
「あー、弟と同じこと言ってる」
「青葉さんは?」
「大剣だけど、最近は飽きて笛」
「めちゃくちゃ楽しんでるじゃん」
「楽しむに決まってるじゃん、白沢くんだってゲームを毎週楽しんでるんでしょ?」
それはそうなのだが、そこではない。
青葉さんのキャラクターは某剣士に寄せられていた。手先が不器用だと言っていたのに、キャラクターメイキングは上手かった。
青葉さんは、俺とモンハンをやるのは初めてなので、笛ではなく大剣でちゃんと真面目にやると言った。でもすぐに「大剣は飽きた」と言って笛に代わった。キャラクターが笛をぶんぶん振り回す姿を見ているときの気持ちは、青葉さんの所業にツッコミを入れたくなる気持ちに似ていた。
「くそっ、宝玉まだ出ない」
「あ、出た」
「はあ? もう3つめじゃん」
「でももう欲しいものは全部作ってるから要らない」
「許しがたい……」
「モンハン、もうすぐ次出るんだよね」
「みたいだな。今度はどういう世界観でやるんだろ」
「次も移動手段は欲しい。もう走る気にならない」
ビール缶をサイドテーブルに置いたまま、俺達は黙々と狩りを続ける。
いつの間にかタメ口に違和感はなくなっていた。治療したての歯と同じだ。最初は噛み合わせが悪いけれど、でも段々馴染んで、そのうち気にならなくなるものだ。




