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コンプライアンス部の青葉さんは恋をしたい~関わるとトゲがある美人同僚に同棲を提案された件  作者: 潮海璃月/神楽圭


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12/30

第12話 青葉さんは遊園地理論を持っている

 さて、いざ決戦のとき。終業後にエントランスに立った俺はそう自らを奮い立たせた。そもそも青葉さんがどんなテンションで来るのかが分からない。せめて俺は平常心を保たねばと、必死に自らに言い聞かせる。


「白沢さん、お待たせしました」


 現れた青葉さんは、まるでいつもと変わらない様子だった。そんなに毎度毎度顔を合わせるわけではない、というのもあるが、少なくとも俺が分からない程度には何も珍しいことはなかった。


「じゃ、中華食べに行きましょうか」

「あ、はい、そうですね」


 これから恋人でも何でもないのに週末同棲をするとは思えない軽さ。ある意味これはデートになるのだが、それに対する緊張も全く感じさせない。そんなことをされると、俺だって「別になんてことはないです、会社の同僚と食事に行くだけです」を頑張って装いたくなる。装わなければ。


 外に出ると、昼間の暑さは少し和らいでいた。もちろん、まだまだ秋の気配は感じないし、毎晩熱帯夜ではあるものの、やっと過ごせる気温になってきている。このまま秋が来てくれ。そう願ってやまない。


 今日の店は担々麺がおいしいのだという青葉さんの勧めだ。オフィス街を人々に逆行する。青葉さんが行く店と言えば前回の焼き鳥のようにちょっと小奇麗な感じを思い浮かべていたが、今回はビジネスビルの狭い一角を無理矢理占領したような小さな店だ。事前に調べて知っていたとはいえ、いざ来ると「青葉さんらしくないな」と思ってしまう。そんな感想を抱く横顔を勘違いされたのか「中は結構綺麗なんですよ」と言われてしまった。店内は確かに汚くはなかった。でもいわゆる意識が高い系では全くなかった。


 つまりデート感はゼロだ。お陰で緊張もほぐれた。そうだ、俺はコンプライアンス部の青葉さんとただ食事をしに来ただけなのだ。そう考えることにしよう。……それ自体が謎だとしても。


 青葉さんは、今日は黒いブラウスを着ていた。黒い服を着ると美人度が増す。青葉さんは自分に似合うものをよく分かっているに違いない。


「白沢さんもナマでいいですか?」

「ええ、大丈夫です」


 担々麺を控えながら、すぐに運ばれて来たグラスを互いに掲げる。


「じゃ、今週もお疲れ様でした」


 コンプライアンス部の青葉さんは、今は画面ではなく小麦色のフィルター越し。判を押したような日々に変化が生じた、わけではない。同じ判を同じように押したってインクが掠れることもある、それだけの話だ。


「そういえば白沢さん、普通の白シャツですけどよかったんですか?」

「何がですか?」

「いえ、担々麺なので。汁飛びますよ」


 いやそこまで考えてシャツを選んでない。端から順番に洗濯済みのシャツを選ぶだけだ、社会人男性に対する解像度が低いぞ、青葉さん。……いや正直、青葉さんに会うのに襟が黒くなっているものはいただけないと、できるだけ綺麗なものを選びました。そして、担々麺の汁は無事に俺のシャツを汚した。まるで「邪な心など許さぬ」と笑われたようである。でもさして関係も築けてない同僚と食事に行くのに綺麗な服装を心掛けるのはただのマナーだ。ちなみに担々麺は結構辛かった。


「青葉さんって辛いもの好きなんですか?」

「……多分」

「多分ってなんですか?」

「言われてみれば好きなのかもと思って。麻婆豆腐も担々麺も好きなんですけど」

「それはもう絶対好きでしょ」

「でも別にわざわざ食べに行くほどじゃないなあと思って」

「そういえば外食多いんですか? この店も知ってますし」

「ここは前の会計事務所が近かったんで知ってただけです」


 そういえばそんな経歴を聞いた覚えがあるようなないような。絶対LロングTタームIインセンティブついてるだろ。


「基本家で食べることが多いのであまり外食はしないですね」

「ああ、鮭の塩焼きを週に4回食べるからでしたっけ」

「そうそう。だって外食って繰り返してると疲れません?」


 それは鮭の塩焼き一択で週4回の夕飯を済ませることにはならないのでは? その疑問を口にしなかったのは、青葉さんが改まったように担々麺を食べる箸を一度置いたからだ。その目はじっと真っ赤なスープを見つめている。


「お店をきちんと選べば必ず美味しい。手元にいいお店をストックしていれば、必ず美味しいものを味わい続けることができる。でもふと冷静になるんです、“そんなに?”って」

「……そんなに美味しいものばかり食べていたいか、って?」

「というか……まあ、そうですね。不味いものを食べてもいいとは言いませんけど、絶対に美味しい味ばかり欲しがってるかなって。外食する価値ってそんなにあるかなって。自炊が面倒とかそういう論があるのはもちろん認めてますけど、でも私にとってはどうでもいいことなんじゃないかと、ある日気付いたんです」

「外食に特別な価値を見出せない……いちいち1000円、2000円を払うほどの価値は、青葉さんにないと?」

「金銭的価値の問題というか……満足感の問題のような? 外食って、なんだか刹那的な幸福を享受している感覚がするんです。遊園地に行ってるみたいな。でも遊園地に行ったら楽しいのって、家での時間という、平凡で平和な時間が基盤にあるからじゃないですか?」

「自炊もちゃんとしてるからたまの外食もおいしい、みたいな感じですか?」

「んー、そう言うと少し違う気がするんですけど……いやでもそういうことのような気もします。なんでしょうね、説明しようとすると難しいです」


 俺にとっての仕事とゲームみたいなものだろうか。新発売のゲームがあるタイミングで仕事があると、こんなことをしている場合じゃないのに、と思う。でも、存外仕事がなかったら、いつだってゲームをできる環境にいたら、飽きてきてしまうものだろうか。そんなに夢中になるものではないな、と。


 あまり想像はつかない。仕事をしないでも今と変わらない生活を保障してもらえるなら、俺はひたすらゲームを楽しむだろう。


「ともあれ、そういうわけで私は自炊派なんです」

「弟さんと生活してたから、というのもあるのでは?」

「あんまりですよ。向こうも大学生のうちは飲み会なり友達とご飯なりで、食事はそれぞれでしたから」

「ふーん、じゃあ青葉さんの気質というか、さっきの遊園地理論なんですね」

「遊園地理論って。でもそうですね。というか白沢さんって、やっぱり聞き上手ですね」


 ふふ、と機嫌よく笑われ、俺は「何が?」という顔をしてしまった。


「大抵こういう話をすると、面倒くさいって言われるんですけど。白沢さんはちゃんと聞いてくれるんですね」

「まあ……あんまりしない話ですし、散文的な話を聞くのは好きじゃないですけど……青葉さんの話は、なんか興味深いですね」

「初めて言われました、そんなこと」


 はは、と青葉さんは声を上げて笑った。あまりに大きな声で――嬉しそうに笑うのでびっくりしたが、お世辞ではなかった。いちいちちょっと変わっているとは思うけど。

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