第10話 青葉さんは詐欺師にもなれる
「もちろん、コンプライアンス調査のときは、白沢さんはちゃんと仕事をしてくださる方だなとしか思いませんでしたよ? でも私も3回の婚活でいい加減に飽きたというか、辟易してしまったというか」
俺の中で青葉さんの好感度がちょっと上がっていく。同時に「何言ってんだこの人は」という動揺が落ち着いてきた。なんなら当初の「婚活パーティーで知り合った相手に興味が湧かず……」というところも、思い返すと一理ある気がしてきた。
いやしかし、冷静になるんだ、俺。いくらなんでも奇妙な話が過ぎる。会社の人、しかも入社同期でも同部署でもなんでもない人と、同じ部屋で暮らすんだぞ。他人と暮らすなんてただでさえハードルが高いのに、そんなの息苦しくないか?
「ああちなみに、白沢さん。私は相手に興味を持って好きになりたいから同居を提案しているのであって、結婚をしたいわけではありません」
俺の悩みはそこではなかったのだが、青葉さんはそう補足し始めた。
「それに、好きでもない人と付き合うことには意味を感じないので。同居の末に私と白沢さんのいずれか、または両方が相手を好きにならなかった場合には、他人あるいは良い友人として同居を解消しようと考えています」
「……なるほど?」
古い表現をすると、責任を取れと迫ることはしないと、そういうことか。
「それから白沢さん、同居といっても、いきなり他人と暮らすのは私も息苦しくてかなり面倒です」
「提案者の発言とは思えないのですが」
「だから週末からスタートでどうですか?」
要はお試し期間の提案だった。いきなり毎日同居するのは、それこそよく知らない人を相手にどうしろとという話。特に出社する朝はお互い忙しく、そんなときに他人がいるなど冗談ではない。ついでに、今までの生活リズムを崩さないことも大事。そこで、金曜日か土曜日の夜から翌日にかけて、つまり身形を整える必要がさしてない朝を含めた、週に一日の同居をする。そして日曜日は互いに確保し好きに過ごす。もちろん、互いに合意すればこの日数を増減させることもできる。
肝心の同居先を俺と青葉さんの家のどちらにするか、という点については青葉さんが自らの部屋を申し出た。青葉さんは去年まで大学生の弟と同居していて、引っ越すのも面倒で少し広い部屋に住んでいるのだという。なおその弟は就職と同時に会社寮に入ったそうだ。
ここまでくると「まあ現実的に有り得なくはないかも?」と思えてきてしまった。
もちろん、冷静になると有り得ないのだが、この時の俺は青葉さんに上手く乗せられてしまっていた。同居しようという突飛な提案をされ、最初はぼんやりと365日同居生活をイメージしてしまっていた。しかしそれが徐々に「別に結婚したいわけじゃないから責任は取らなくていい」「同居解消も視野に入れる」「週1日からでどうだろう」「我が家を提供するので特別に家を掃除する気遣いも不要」と、どんどん譲歩され、そしてそれぞれが微妙に現実的なラインをついていた(ように思えた)。
別に、俺も付き合いそうな相手がいるわけじゃない。どっちかいうと女には懲りてる部類で、今後も何の予定もない。青葉さんとしばらく同居したところで、この間に別の女性と出会っておけばと思うこともないだろう。
まあ、毎日何をしているかと聞かれたら、働いて、飯食って、寝て、働いて、飯食って、寝て、それを5回繰り返したらゲームしてるだけの生活だもんな。週に1日、青葉さんと一緒に過ごしたところで、何が困ることもない。
それに、付き合うわけじゃないのだ。俺と青葉さんがお互いに好き合うのでなければ、俺達の関係に特別な名前はつかない。あくまで同居同盟を結んでいるだけの会社の同僚で、最終的な終わり方も“良き友人”あるいは“他人”だ。なんて気楽だろう。
「……そうですね」
そう考えて、頷いていた。少なくとも俺側にデメリットはないだろう、と。多分、詐欺ってのはこういうので引っかかるんだと思う。
「お互い合わなかったら即解消で、試してみますか」
「よかった! これで白沢さんが乗ってこなかったら、私がただ変な提案をした女になってしまうので」
いや、俺が乗ったとしても青葉さんの提案が変であることに変わりはないよ。そう言いたかったのだが黙った。
そして青葉さんはスマホを取り出した。
「じゃ、とりあえずLINE交換しましょう。会社のチャットを私用に使いたくないので」
「あ、はい。それはもちろんです」
青葉さんのLINEアイコンはなんだろう。海をバックにした自撮り、ちょっとおしゃれなカフェの写真……と想像していたが、俺のスマホに表示されたのは、白い茶碗だった。
「……これ、アイコン、なんですか?」
「大学生のときから使ってたお茶碗です」
「……今は使ってないんですか?」
「洗ってるときに欠けちゃって。ほらここ」
青葉さんはアイコンをタップし、写真を拡大してみせた。花柄の白い茶碗は、確かに欠けていた。
「お気に入りだったんですけど、欠けた食器を使うわけにはいかないんで。思い出にアイコンにしてるんです」
「……これってどういう気持ちでアイコンにするんですか?」
「え? だからお気に入りだったんですけど実用品ではなくなってしまいましたし、当然捨てているので、思い出にアイコンにしたんです」
青葉さんの中では理屈が通っているらしい。はあ、と頷きながら、俺は自分のアイコンを見つめた。俺のアイコンは実家の愛するクロネコ、スゴロクだ。今まで何をどうと思ったこともなかったが、青葉さんを前にすると、自分の凡庸さの表れのように思えた。
やっぱ、優秀な人ってちょっと変わってるのかな。気を取り直して箸を取り、すっかり冷めてしまった親子丼を口に運び直す。
「では白沢さん、そういうことで。よろしくお願いしますね」
こうして、俺と青葉さんの、奇妙な同居同盟が発足した。




