第1話 青葉さんはサメを自称する
「似てる魚は何かと聞かれたら、サメと答えようと思う」
出たよ……。夕食時、ダイニングテーブルの向かい側で、神妙な面持ちで、青葉さんは唐突に言ってのけた。その珍妙で脈絡のない発言はいつものことで、今更「急に何」と突っ込む気など起きない。
そもそも、突発的な話題でも、青葉さんの中ではちゃんと繋がっている。この間だってスーパーで牛乳を見ながら「キリンってなんであの細足であの巨体を支えられるんだろう」なんて言い始めたと思ったら、牛乳→牛→鳴き声が「モー」→キリンの鳴き声も「モー」と連想したらしかった。青葉さんの中では繋がっているので、軽率に「急に何」と聞くと「白沢くんはすぐそうやって」と溜息をつかれる。ふざけるなお前の謎連想についてけるか。
というのはさておき、長皿に載ったほっけの干物を見つめながら、これか?と一応当たりをつけた。大方、ほっけ→魚→自分を魚にたとえたら、とでも思ったに違いない。……いや繋がってないが。
しかし、問いただしても意味が分からないことの方が多い。俺は突っ込まないぞ、と言い聞かせながら味噌汁を啜る。
「なんでサメ?」
「帰りながらジョーズ見たんだけど、サメって、映画の影響で人食いだって思われがちじゃん」
「まあそのイメージはある」
「でもふと、ジョーズの元ネタというか、そもそもサメとはどういう生き物なのかと思い立ったんだけど」
「はい」
「意外と穏やかな性格らしい」
「ああ、まあ、確かに意外と青葉さんは穏やかだな」
青葉さんはのんびり屋で、マイペースで、穏やかだ。ついでに箸の使い方が綺麗。ほっけの身の堅さなどものともせず、箸だけで難なく身を剥がしていく。
青葉さんは続ける。
「あと、お魚好きだし」
「青葉さんは意外と結構食べるのが好きだろ」
「あと目つきが多分似てる」
とろんと、それこそ気の抜けた目つきで、青葉さんは虚空を見つめる。言われてみると、サメの何を考えているか分からない黒い目は、家にいるときの青葉さんの目つきと似ている気がした。
存外、言い得て妙なたとえかもな。そう思いながら頷いていると「それから」と青葉さんは付け加えた。
「軽率に近寄ると怪我することもある」
「…………青葉さんはサメだよ、確かに」
青葉蘭香、その通称は“コンプライアンス部の青バラ”――もちろん、アオバランカという氏名から来る呼び名でもあるのだが、そのネーミングの由来には「棘」という意味も多分に含まれている。
美人ながら可愛らしい顔、バリキャリなんて死語がばっちり似合う経歴と資格。ぱっと見の綺麗さに騙されてはいけない、事業部門のみならず俺の所属する間接部門まで、日々のリスク管理から法令違反まで、下手をやってそれを青葉さんに見つかったが最後、チクチクチクチクと刺されて痛みに泣く羽目になる。時には噛みつかれて大怪我をすると言っても過言ではない。
ゆえに、青バラ――違反調査を行う青葉さんは刺々しく恐ろしい、その畏怖が込められているのだ。
青葉さんは、はあ、と悩ましげな溜息をついた。
「でもなあ、似てる動物は聞かれても、似てる魚は聞かれないもんな。サメが哺乳類ならよかったのに」
「そこじゃないと思うんだよな……」
「え、じゃあどこ」
「…………」
「ちょっと、返事しなさい」
「……いいんじゃないかな、似てる魚から始まる自己紹介でも」
「何か言いたそうに黙らないでよ! ねえ!」
俺が黙っていると、青葉さんは諦めて食事を続けた。
食後の皿には、まるで猫が平らげたように綺麗な魚の骨だけが残った。青葉さんはのんびりとソファに腰かけ、俺が食器洗いを引き受けた。
「ねー、白沢くん。先にゲーム起動してていい?」
「どうぞ、ご自由に」
「ありがと。最近双剣使いたくなったんだよね」
ソファの上で座り直した青葉さんは、黒い純正コントローラーを手に取る。会社の姿からは想像もつかない姿だ。
――コンプライアンス部の青葉蘭香。通称「コンプライアンス部の青バラ」であり、まあ本名の語呂合わせが由来ではあるものの、大体の男は青葉に良い印象を持っている。なんたって美人で、優しくて、仕事が早くて丁寧だ。部署が部署なので叱られたり注意されたりのほうが多いが、なんたって美人だ。それに、どうせ怒られるなら、画面越しだろうが対面だろうが、オッサンより美人のほうがいいに決まってる。なんなら後日青葉さんに「先日の件、大変でしょうけどよろしくお願いしますね」なんて声をかけてもらえる。まあとにかく、弊社で人気のお方というわけだ。
片や俺は、IT部にいるしがない一社員だ。社内セキュリティ兼雑務担当、本当に、誇張なく謙遜なく、しがない一社員だ。
そして俺と青葉さんは、恋人でもなければ夫婦でもない。
その俺と青葉さんが、なぜ同じ家で同じ釜の飯を食って、共にゲームをしているのか。




