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3話 いい年して恋して

「ねえ、私たちって、世間から見たらどう映ってるんだろうね」

 香澄はワイングラスを指でなぞりながら言った。

 隣の席では、10歳年下の恋人・悠人がピザを冷ましながら笑っている。


「どうって?」


「ほら、“いい年して”ってやつ」


 悠人は一口ピザを頬張ってから、

「まあ、いい年して幸せそう、って言われたら最高じゃない?」

 と、あっけらかんと言う。


 香澄は吹き出した。

「そんな言い方ある?」

「あるよ。ほら、人生の後半戦で新しい恋とか、

 もう一回青春とか、いいじゃん」



---


 家に帰ると、娘の結衣からメッセージが届いていた。


> 『ママ、またあの人と会ってるの?いい年して、みっともないよ』




 短い文だった。

 でも、画面の文字は心の奥で大きく響く。


「いい年して」

 娘がそう言うようになったのは、いつからだろう。

 小学生の頃は、母の服を真似したがっていたのに。


 テーブルに携帯を伏せて、香澄は小さく笑った。

 涙ではなく、微笑がこぼれたのが不思議だった。


 ——そうか、もう、みっともなくていいのかもしれない。

 きれいにして、しなやかにして、“ちゃんとした母親”を演じてきた。

 でも、誰も見ていない夜くらい、好きな人に名前を呼ばれてもいいじゃない。



---


 翌週の日曜。

 駅前のカフェ。

 悠人が新しいスニーカーを自慢している。


「いい年して、派手じゃない?」

 香澄が冗談めかして言うと、

「いい年して、派手に生きたいの」

 と彼は笑った。


 ふと、香澄の胸の奥にも同じ言葉が響いた。

 ——いい年して、恋して。

 その響きが、もう恥ではなく、

 ささやかな誇りのように思えた。


 グラスの中で氷が溶けていく音が、

 少しだけ愛おしい午後だった。

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