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2話 いい年して夢見て

「ねえ亜希、そろそろ現実見なよ」

 電話の向こうで姉の声が響く。

「いい年して、夢とか言ってる場合じゃないでしょ?」


「うん」

 と、亜希は返す。

 短く、やさしく。でも胸の奥は、かすかに痛む。


 電話を切ると、机の上のノートパソコンが、まるで見られているように光っていた。

 画面の中の女性読者向け某携帯小説投稿サイト。ペンネーム:ふらんぼわーず。

「『公国の姫様は濃厚で甘々な異国のスイーツがとってもお好き』第12話更新しました!」

 その一文の下に、見知らぬ誰かのコメントがついている。


> すごく好きでした。

続き、待ってます。




 それだけの言葉が、今の亜希には十分だった。



---


翌日。

カフェで仕事の面接。

「ご経歴、ずいぶん華やかですね。前職は銀行……」

 面接官が言いながら、亜希の履歴書をパラパラとめくる。

「で、退職後は……“在宅執筆活動”?」


「はい、小説を書いています」


「へえ」

 ほんの少しだけ笑った。

(その“へえ”が痛いのよ)と、亜希は心の中でつぶやいた。



---


 夕方。

 小さなカフェの窓際。

 ホットティーの香りと、キーボードの打鍵音が混ざる。


「いい年して夢見て、か」

 口の中でつぶやいてみる。悪くない響きだ。

“夢を見る”って、子どもの特権でも、若者の免罪符でもない。

 自分にとっては、浄化みたいなもの。


 亜希は指を動かす。物語の中にいるキャロリーナやフェルゼンたちが、画面の向こうで息をし始める。

 投稿ボタンを押すとき、ほんの少しだけ笑った。


 ——いい年して、夢見てる。

 それが、今の自分のいちばん現実的な生き方かもしれない。



---


 その夜。

 コメント欄に新しい通知。


> 「私も、いい年して夢見てます」




 画面の中の言葉が、灯りのように胸にともった。

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