第9話 誰のものでもない正義
銃声が倉庫を満たす。
抹消班の影が次々と迫り、赤いレーザーサイトが壁を走る。
コンクリート片が飛び散り、鉄骨が火花を散らした。
紗也は物陰から身を乗り出し、必死に銃を放つ。
弾丸が抹消班の一人を撃ち抜き、影が崩れ落ちた。
その背後で、リョウと真白が身を伏せる。
だが、彼らの視線は紗也に釘付けになっていた。
冷徹な命令に従うはずの彼女が、今は彼らを守るように戦っている。
真白が振り返り、声を張った。
「……あなたは!」
その時、倒れていた滝沢が呻き声を上げた。
血に濡れた手で床を掴み、必死に声を絞り出す。
「……政務室の……別の派閥が動いてる……!」
紗也の瞳が揺れる。
抹消班の背後に、政務室の亀裂が潜んでいる――。
その事実が、戦場の緊張をさらに高めた。
「派閥……?」
リョウが呟く。
真白は滝沢の肩を支えながら、紗也を見た。
「あなたも狙われてる。ここで彼らを止めなきゃ、全員終わりよ!」
抹消班の銃火が再び放たれる。
紗也は身を翻し、影の群れに向けて弾丸を撃ち込んだ。
その背後で、リョウは瓦礫を盾にし、真白は滝沢を庇う。
三人と一人――立場も目的も違う者たちが、今は同じ敵に背を向けていた。
倉庫の中で、共闘の火花が散り始める。
抹消班は数を減らしながらも、なお冷徹に陣形を組み直していた。
その動きは、まるで「何かの意志」に操られているかのようだった。
紗也は息を荒げながら弾倉を交換する。
その横で、リョウは瓦礫の隙間から敵の動きを必死に記録し、
真白は滝沢を庇いながら周囲を警戒していた。
四人の呼吸が、戦場の轟音の中でひとつのリズムを刻む。
「……見ろ」
滝沢が震える指で抹消班を指し示す。
「奴らの動き……政務室の正規部隊じゃない……派閥の命令だ。秩序を壊すために、ここへ来ている。」
紗也の胸に冷たいものが走る。
神納の命令に従っていたはずの自分が、今はその命令の背後にある「分裂」と対峙している。
それは単なる敵ではなく、政務室そのものを蝕む軋みだった。
「……政務室が割れているなら、私たちもただの標的じゃ済まない。」
紗也の声は低く、しかし確かに三人へ届いた。
リョウは記録者としてその言葉を刻み、真白は強く頷いた。
銃声が再び響く。
抹消班の影が迫る中、四人は互いに背を預け合った。
倉庫の闇に、対立の影が濃く広がっていく。
だが、紗也の耳には別の響きが重なっていた――
滝沢の言葉、真白の叫び、リョウの記録。
それらがひとつに重なり、彼女の胸を揺さぶる。
紗也は銃口を構え直しながら、低く呟いた。
「正義って……誰のものなの?」
その言葉に、リョウが顔を上げる。
瓦礫の隙間から敵を見据え、記録者として答えを探すように。
「残すことが正義だ。誰のものでもなく、未来に渡すために。」
真白は滝沢を支えながら、強く言い切った。
「守ることが正義よ。仲間を、命を、目の前の人を。」
銃火の中で、三人の言葉が交錯する。
紗也は一瞬、目を閉じた。
神納の冷徹な命令が脳裏に響く――。
だが今、彼らの言葉が、「正義とは何か」を問いかける残響となって広がっていった。
抹消班の出動は隠密のはずだったが、その銃声や争いが響き、街に不安を呼び起こしていた。
◇◇◇
政務室の中枢でも、報告が錯綜していた。
「抹消班が交戦中」
「命令系統が二重化している」
「派閥が独自に動いている可能性」
断片的な情報が飛び交い、秩序を守るはずの組織が、逆に混乱の渦に呑まれていく。
その混乱は、社会全体へと波及した。
記者たちの間では「政務室が割れている」という噂が広がり、街の人々は「正義の名の下に何が行われているのか」と問い始める。
秩序を守るはずの政府が、分裂と対立を抱えたまま暴力を行使している――その事実は、静かな不信となって街を覆い始めた。
倉庫の闇で戦う紗也たちの姿は、まだ誰も知らない。
だがその銃声は、政務室の壁を越え、社会全体に「正義とは何か」という問いを投げかけていた。
◇◇◇
瓦礫の隙間から漏れる光が、わずかな逃走路を示している。
「今だ、動け!」
リョウが短く叫ぶ。
その一瞬の隙を突いて、紗也が弾丸を放つ。
真白が滝沢を支えながら走り出した。
鉄骨の影を縫うように、四人は倉庫の外へと駆け抜ける。
背後で銃声が追いかけてくる。
火花が散り、壁に弾痕が刻まれる。
リョウは必死に記録を抱え、真白は滝沢の肩を支え、紗也は振り返りざまに応戦した。
互いの呼吸が乱れた足音が響く。
出口の扉が見えた。
だがそこにも影が立ちはだかる。
紗也は迷わず銃口を向けた。
閃光が走り、影が崩れ落ちる。
「行け!」
リョウの声に押され、三人は外へ飛び出す。
外気が倉庫の熱を一気に洗い流す。
背後ではなお銃声が響いていた。
だが四人は、街の雑踏へと姿を消していく。
四人の息は荒く、足音が石畳に響いていた。
雑踏に紛れたはずなのに、背後から追跡の気配が消えない。
紗也は振り返り、影を探る。
だが街には、人々のざわめきが広がっていた。
「ここで立ち止まるな」
リョウが低く言い、記録を胸に抱え直す。
真白は滝沢の肩を支えながら、必死に歩調を合わせた。
◇◇◇
政務室の廊下では別のざわめきが広がっていた。
「抹消班が失敗した」
街の片隅では、記者たちが耳を澄ませている。
倉庫での銃声、逃げ去る影、政府の沈黙――。
それらはまだ断片にすぎない。
だが「正義とは何か」という問いは、確かに街の空気に混じり始めていた。
四人は、追跡の気配を背負いながら歩みを続ける。
その姿は、政務室の亀裂と社会の不信を結びつける「余波」となって広がっていった。




