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アンノウン(UNKNOWN)  作者: ニート主夫
第4章

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第6話 蒼白の朝

 明け方、台風は去っていた。


 空には、研ぎ澄まされ冷たく鋭い蒼白そうはくな朝が広がっている。


 だが、俺たちのワゴン車が停まっている場所は、まだ薄暗かった。


 都内某所、雑居ビルの裏手。

 ここには、表向きは独立系ニュースメディアを運営している男、滝沢たきざわの事務所がある。


「……降りろ。ここなら安全だ」


 声をかけると、後部座席で身を寄せ合って眠っていた瑛人と愛梨が目を覚ました。


 二人ともすすと涙で顔が汚れ、まるで戦場帰りの兵士のようだった。


 鉄扉を叩く。


 しばらくして、無精髭を生やした男が顔を出した。

 滝沢だ。


「リョウ……。お前、とんでもないことやらかしたな」


 滝沢の目は笑っていなかったが、その手に握られたスマホには、既に速報ニュースが表示されていた。


 『世田谷の資産家邸で爆発火災。遺体らしきもの発見』


「ネタを持ってきたんだ。特大のな」


 子供たちの背中を押し、事務所の中へと入れた。


 散らかった事務所のソファに子供たちを座らせ、温かいココアを出してやる。


 滝沢のデスクにHDDと、現金の束を叩きつけた。


「如月壮一郎の裏帳簿、放火の実行犯による報告動画、そして――大河原代議士との通話記録だ」


 滝沢が息を呑んだ。


「マジか……。あのとき潰された因縁のネタじゃないか」


「ああ。これで大河原の政治生命は終わる。そして、再開発計画も見直しになるはずだ」


 滝沢はデータをPCに読み込ませ始めた。


 モニターに映るタケル君のアパートが燃える映像。

 滝沢の表情が険しくなり、そして怒りで赤くなる。

「……クソったれが。人の命を何だと思ってやがる」


「これを記事にしてくれ。ただし、条件がある」


「なんだ?」

 

 リョウは、ソファの子供たちを振り返った。


「このネタの《第一発見者》であり“被害者”は、如月瑛人と愛梨の二人だとする記事にしたい」


「被害者……?」


 滝沢が訝しむ。


「警察発表では、無理心中か放火の疑いが出るぞ。それに、親の死因がバレたら……」


「殺したのは僕たちです」


 静かな声が響いた。


 瑛人が立ち上がっていた。その瞳に、迷いはもうなかった。


「僕と妹がやりました。親が……親友を殺したと知って、許せなかったから」

 滝沢が言葉を失う。


「彼らは殺人犯として裁かれることになる。……だが、ただの《狂った親殺し》にはさせない」

 滝沢の目を真っ直ぐに見据えた。


「親は子供たちに日常的に虐待を行い、さらに反社会的勢力の片棒を担がせていた。これは“正当防衛”であり、“魂の救済”だったと……世論に火をつける。彼らを守ってやってくれ」


 これは情報戦だ。


 大河原たちが子供たちを“口封じ”する前に、世間の目に晒し、逆に手出しできないようにする。


 《英雄的な告発者》であり《悲劇の子供たち》というストーリーを作ることで、司法の判断にも情状酌量をもたらす。


 滝沢は短くなった煙草をもみ消し、ニヤリと笑った。


「……任せろ。リョウ、お前いい顔してんな。死んだ魚のような目をしているより、ずっとマシだ」


 一時間後。


 滝沢のサイトで記事が公開された。


 《万博再開発の闇! 如月邸火災の真相と、告発した子供たちの悲鳴》


 動画データの一部も公開され、SNSでは瞬く間に拡散され、炎上状態となっていた。


 テレビのニュースも、単なる火事から政界を揺るがすスキャンダルへと報道を変え始めている。


「……そろそろ、時間だ」

 子供たちに告げた。


 警察へ行く時間だ。


「この現金はどうする?」

 滝沢が、机の上の数千万の札束を指差す。


「証拠品として警察に提出する。……だが、この中から一束だけ、俺の“報酬”として貰うぞ」

 一束《100万円》だけを抜き取り、懐に入れた。


 ボランティアじゃない。金を受け取ることで、この仕事“契約”は完了する。


「行くぞ」


 ビルの外に出ると、まぶしいほどの朝日が降り注いでいた。


 通報を受けて待ち構えていたパトカーのサイレンが、遠くから近づいてくる。


 その向こうには、滝沢が呼んだメディアのカメラの砲列も見える。


「葉山さん」

 愛梨が俺の服の裾を掴んだ。


「私たちが捕まったら、葉山さんも……犯人隠避いんぴで捕まるの?」


「まさか」

 俺は笑って、愛梨の麦わら帽子を被せ直してやった。


「俺は『たまたま依頼を受けて掃除に来て、火事に巻き込まれ、子供たちを保護した善良な業者』だ。……証言は頼むぜ?」


「……ずるい」

 愛梨が泣き笑いのような顔をした。


「ずるいよ、大人ばっかり」


「ああ、大人はずるいんだ。だから早く大きくなれ」


 二人の背中を押した。


 パトカーが目の前に止まる。


 警官たちが降りてくる。


 瑛人が、最後に俺に向き直り、深く頭を下げた。

「ありがとうございました。……この掃除のことは、一生忘れません」


「礼はいらない。さっさと罪を償って、まともな人生を歩め。……タケル君の分もな」


 瑛人は頷き、愛梨の手を引いて、自ら警官の元へと歩き出した。


 無数のフラッシュが彼らを包む。


 それは罪人を暴く光ではなく、彼らの未来を照らすスポットライトのように見えた。



エピローグ

 あれから半年が過ぎた。


 

 季節は冬になっていた。


 街中の大型ビジョンでは、ニュースが流れている。


 『大河原元議員、収賄と放火教唆の罪で起訴』


 『如月夫妻殺害事件、長男は少年院送致、長女は児童自立支援施設へ』


 『地裁は、両親による虐待と極限状態を考慮し……』


 コンビニの肉まんを頬張りながら、そのニュースを見上げた。


 瑛人と愛梨が自由になるには、まだ数年はかかるだろう。


 だが、彼らは生きている。


 社会的な抹殺からも、物理的な死からも逃れ、自分の足で罪と向き合っている。


 懐のスマホが鳴った。


 依頼通知。『急募。ゴミ屋敷の清掃』


「……へいへい」


 冷たい風の中、軽トラックに乗り込んだ。


 助手席には、あの時報酬として貰った金で買った、新しい万年筆が転がっている。

 

 いつか彼らが出てきた時、俺も胸を張って会えるように。


 掃除屋としてか、それとも再び記者としてか。


 今はまだわからないが、俺の中の火は、もう消えそうになかった。


 空は、どこまでも高く、澄み渡っていた。



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