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アンノウン(UNKNOWN)  作者: ニート主夫
第1章

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第13話 沈黙を破る光

地下通路を抜けた先に、中継ハブの重厚な扉が立ちはだかっていた。

古い鉄の匂いと機械の唸りが混ざり合い、空気は重く張り詰めている。


「間違いないわ……ここよ」紗也が小さく囁いた。

秘書時代に記録していた機密マップの記憶を頼りに、彼女は隠されたアクセスパネルへ手を伸ばす。

錆びついた機構が軋みを上げ、扉がわずかに開いた。


リョウはストレージを握りしめ、真白と目を合わせる。

「時間がない。残り……五分だ」


壁の端末に赤い数字が点滅する。

5:00…4:59…4:58…


真白は鉄パイプを構え、背後の通路を警戒する。

「私兵が来る……リョウ、急いで!」


リョウは中継ハブの古い端末にストレージを接続した。

冷たい光が走り、画面に膨大なデータが展開される。

汗が額を伝い、キーを叩く指が震える。

「映像を流す準備は整った……あとは回線をジャックするだけだ」


その瞬間、端末に警告が走った。

《緊急遮断プログラム作動開始》


古いシステムは不安定で、完全には閉じられない。

赤い数字の横に、わずかな隙間を示すバーが点滅していた。

それが唯一の突破口だった。


リョウは歯を食いしばり、キーを叩き続ける。

「間に合わせる……必ず」


背後の通路から金属音が響いた。

私兵たちが暗闇から突進してくる。銃口が閃光を放ち、壁に火花が散った。


真白は鉄パイプを必死に構え、衝撃を受け止めた。

肩口にかすり傷が走り、血が滲む。それでも退かず、リョウの背中を守ろうとする。

「リョウ……お願い、止まらないで!」


紗也は補助回線の端末に接続し、古いシステムの奥へ侵入する。

「遮断が迫ってる……でも、まだ隙間があるわ! 今なら突破できる!」


リョウの画面には新たな警告が走る。

《遮断まで残り3分》

「くそ……間に合わない!」


リョウは歯を食いしばり、キーを叩き続けた。

真白は必死に私兵の銃撃を避け、鉄パイプで押し返す。

腕は震え、息は荒い。肩の痛みが鋭く走る。それでも彼女は一歩も退かない。


紗也が振り返り、声を張り上げる。

「リョウ! 補助回線を繋げて! 今なら突破できる!」


リョウはストレージを補助回線に接続した。

画面に走るノイズが一瞬途切れ、映像のプレビューが浮かび上がる。

赤い数字はさらに減っていく。

2:00…1:59…1:58…


その瞬間、電光掲示板のスピーカーが割り込むように鳴り響いた。

《政務室通信:神納》

冷たい声が広場全体に拡散する。


「市民の皆さんにお知らせします。現在、広場の電光掲示板に不正な信号が送られています。まもなく映像が流されようとしていますが、それは真実ではありません。社会を混乱させるために作られたものです。どうか惑わされず、冷静でいてください」


赤い数字はゼロに近づいていく。

0:10…0:09…0:08…


リョウは震える指で最後のキーを叩いた。

「もう少し……あと一息だ」


真白は血に濡れた肩を押さえながら、必死に私兵を食い止める。

紗也は声を張り上げる。

「リョウ! 今よ、公開して!」


電光掲示板が一斉に明滅し、街全体に映像が流れ始めた。

広場の群衆は息を呑み、誰もが目を逸らさずに画面を見つめる。

神納の冷たい声がかき消されるように、真実の映像が街を覆った。


そこに映し出されたのは――

政務室の監視システムが自動的に記録していた映像だった。

神納と幹部たちが、市民への情報操作や不正な資金の流れを冷静に語り合う姿。

机の上には改ざんされた報告書、背後には監視モニターが並び、

その一部始終が記録ファイルとして保存されていた。


やがて、低いざわめきが波のように広がり始めた。

「……これが真実なのか?」

「ずっと隠されていたの?」


囁きが重なり合い、広場全体を覆っていく。

神納の冷たい声は、もう群衆の耳に届いていなかった。

映像の衝撃が言葉を奪い、ただ静かなざわめきだけが街を包み込んでいた。


《政務室通信:神納》

「市民の皆さん、冷静に。流れている映像は不正に改ざんされたものです。秩序を乱すための虚構にすぎません」


しかし群衆の心はすでに映像の中に示された事実へと傾いていた。

ざわめきは止まらず、政府の言葉を押し流すように広がっていく。

光掲示板に映し出された映像は途切れることなく流れ続けている。

囁きが重なり、やがて怒りの声が混じり始めた。


「もう黙っていられない!」


その声は波のように広がり、街全体を揺らす。

ざわめきは怒りへと変わり、拳が掲げられ、前へと踏み出す。

「真実を隠すな!」

「説明しろ!」


《政務室通信:神納》

「市民の皆さん、冷静に。流れている映像は不正に改ざんされたものです。秩序を乱す行為は厳しく対処します」「安全」という名目での強硬策。


だが群衆の心はすでに政府から離れ、

広場の空気は緊張で張り詰め、映像の中に示された事実へと傾いていく。


リョウたちは、裏路地から広場へと抜け出すまで、緊張が続いていた。

《UNDERLINE》の介入がなければ、生きてこの場に辿り着くことすらできなかった。


――その光景を見つめる真白の胸は、張り裂けそうなほどに高鳴っていた。

「やっと……届いたんだ」

彼女の声は震えていたが、目は映像から離れない。

隣で紗也は唇を噛みしめていた。

「でも……ここからが本当の戦いだよ」


群衆の怒りが行動へ変わる瞬間を、彼女は恐れと期待の入り混じった眼差しで見つめていた。


怒号とぶつかり合う。

「下がれ!」

「真実を示せ!」


群衆の声は恐れと怒りを混ぜ合わせ、波のように押し寄せる。

その波に呼応するように、リョウは拳を握りしめた。

「ここで退いたら、全部が無駄になる……」

彼の決意は、群衆の前へ踏み出す足音と重なっていた。


真白は、映像に映る真実を見つめ続ける。

「もう奪わせない」

その言葉は群衆の叫びと同じリズムで広場に響いた。


紗也は唇を噛みしめ、恐怖を押し殺す。

「怖い……でも、ここで立ち止まったら未来は来ない」

彼女の瞳は、前へ進む決意を固めた。


盾と拳、怒号と命令。

群衆と政府の圧力が正面からぶつかる。

怒号と悲鳴が交錯する中、リョウは声を張り上げる。

「真実を示せ!」


真白と紗也もその声に重ねるように叫んだ。

群衆の決意は一つの波となり、政府の圧力を押し返す。


その瞬間、新たな証拠が映し出された。

映像に切り替わり、政府高官が密かに指示を下す場面だった。

「市民を抑えろ。真実は流すな」

その声と顔が鮮明に映し出される。


群衆は一斉に息を呑み、次いで怒号が広がった。

「見ろ! 証拠だ!」

「隠していたのは奴らだ!」


広場の空気は恐れから確信へと変わり、怒りは一つの意思となって膨れ上がった。

政府の「改ざんだ」という言葉は、誰の耳にも届いていなかった。


リョウは拳を掲げ、群衆の先頭に立つ。

真白は映像を指し示し、紗也は声を張り上げる。

「恐れるな、未来はここから始まる!」


広場は一つの意思を持つかのように震え、政府の圧力を押し返した。

やがて、政府側のスピーカーは沈黙し、私兵たちの列も揺らぎ始める。

群衆の声が広場を満たし、真実を求める波は街全体へと広がっていった。


それは混乱ではなく、未来へ向かう決意のうねりだった。


リョウは拳を下ろし、深く息を吐いた。

「ここからだ。俺たちの未来は」

その言葉に真白と紗也は頷き、互いの視線を交わす。


群衆の声はもはや怒りではなく、未来を求める合唱へと変わっていた。

「真実を! 未来を!」

その響きは広場を越え、街全体へと広がっていく。

政府のスピーカーは沈黙した。


秩序は力によってではなく、市民の意思によって形作られ始めていた。

リョウは胸の奥で震える鼓動を感じながら、広場を見渡した。

「これは……新しい始まりだ」

紗也はその言葉を噛みしめ、真白は静かに頷いた。


リョウ、真白、紗也は、《UNDERLINE》の隠れ家へと戻り、そこで初めて、安堵の息を漏らした。


数日後、リョウが撮影し、真白が編集を手伝ったドキュメンタリー映像は、世界中に公開された。

タイトルは、『秩序(プロジェクト)()幻想(ネクサス):誰のための沈黙だったのか』。

映像は、滝沢の懺悔、紗也の告白、そしてリョウが命懸けで記録した裏の暴力のすべてを映し出していた。


ほどなく、街の通信は徐々に回復し、真実を裏付ける報道が一斉に始まった。

神納や幹部は次々と拘束され、政務室は機能不全に陥り、街は新しい秩序を模索し始めていた。



エピローグ


三人は、それぞれが選ぶ道について語り合っていた。


【紗也の選択】


彼女は、自らの罪を償い、二度と「秩序」の名の下で暴力が振るわれないよう、システムの内側から変革を目指した。


【真白の選択】


真白は《UNDERLINE》に留まることを選んだ。しかし、それは組織の駒としてではない。

新しい政府を常に監視し、影から真実を守り続ける覚悟を持って。


【リョウの選択】


リョウはカメラを手に、街の変わりゆく様子を静かに記録していた。

「真実を公開することはできた。だが、その真実が人々に何をもたらすかを記録する義務がある」

彼は、混乱の中で生まれる新しい正義と希望、そして再び生まれるかもしれない幻想の芽を見届けようとしていた。


彼の端末には、真白からの短いメッセージが残されていた。

《道は違えど、私たちは繋がっている。あなたが記録する光が、いつか、この街を照らすだろう。》


リョウは、端末を閉じ、再びカメラを構える。

彼はこの街の物語を、永遠に記録し続けるために。


第一部(完)

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