第1話 灰の街で
午前十一時。
安アパートの一室に、電子レンジの「チン」という音が響く。
中から取り出したのは、昨夜のコンビニ弁当の残り。
温め直したそれを、無言で口に運ぶ男がひとり。
葉山凌。
二十九歳、“フリーランス”という名の、実質無職。
パソコンのモニターには、ニュースサイトの見出しが並んでいる。
――《市議汚職事件、証拠データ紛失》
――《官僚の息子、不起訴処分》
リョウはスプーンを止め、乾いた笑いを漏らした。
「正義ってやつ、どこの国で死んだんだろな。」
部屋の隅では、半分焦げた灰皿が山を作っている。
窓の外の空は曇天。風が、街の埃を巻き上げた。
スマホが震える。
差出人不明のメッセージ。
――《“見たくない真実”って、見せられたらどうする?》
彼の沈んだ瞳に、微かに光が差す。
メッセージを開いた指先が、わずかに震えた。
《“見たくない真実”って、見せられたらどうする?》
送り主のIDは英数字の羅列。
プロフィールも、アイコンも空白。
スパムの一種かと思いながらも、リョウはなぜかその言葉が頭から離れなかった。
灰皿に吸い殻を押しつけ、椅子を軋ませて立ち上がる。
狭い部屋の片隅に置かれたノートPCを起動。
古い検索ツールと匿名掲示板をいくつか開く。
ネットの海を潜るように、リョウは“足跡”を追い始めた。
投稿履歴。
共通のキーワード。
そして、ひとつのアドレスにたどり着く。
「“UNDERLINE”ってサイト……聞いたことねぇな。」
白黒反転のような画面。
ログインボタンも無い。
ただ、画面中央に一行だけ――
《真実は、沈黙の奥で息をしている。》
その瞬間、部屋の明かりが一瞬だけ瞬いた。
リョウの胸の奥で、かすかな既視感が疼く。
モニターに映るのは、自分をじっと見返す暗い画面。
外では、雨が降り始めていた。
灰色の街に、少しだけ匂いが戻る。
数日後、リョウは街へ出た。
小雨の中、傘もささずに歩く。
胸ポケットから、古びたスマホをだし。
連絡帳の下の方――「滝沢」の名前を見つめたまま、指が止まる。
画面をタップし。
呼び出し音が三度。
「……誰だ?」
懐かしい低い声。
「俺だ。葉山。」
「……お前、生きてたのか。」
短い沈黙のあと、滝沢が店名を告げた。
「いつもの場所で。十五分だ。」
薄汚れた高架下のカフェ――かつて取材の打ち合わせで何度も顔を出した場所だ。
カフェの奥。
壁紙は剥がれ、蛍光灯が少しチカチカしている。
新聞を広げたままの滝沢が、顔だけを上げた。
「珍しいな。お前が表に出てくるなんて。」
「仕事がないから、暇でな。」
乾いた冗談。
だが、二人の間に流れる空気は重い。
しばらく他愛もない話をしてから、
リョウはカップを置き、低く言った。
「“UNDERLINE”って名前、聞いたことあるか。」
滝沢の指が止まる。
わずかに眉が動いた。
「……その話を、どこで聞いた。」
「少し前に。妙なメッセージがきてな。」
滝沢はしばらく黙ってから、息を吐いた。
「リョウ。あれは“裏”でもタブーだ。
関わった奴は、いつの間にか姿を消す。」
その言葉を、リョウは笑って受け流した。
だが滝沢の目だけは、笑っていなかった。
会計を済ませて店を出るとき、
滝沢が声をかけてきた。
「おい、葉山。」
振り返ると、彼は新聞の間に小さな紙切れを挟み、
「落としたぞ」とだけ言った。
受け取ったメモには、乱雑な字でこう書かれていた。
『ログの入り口は東都ネット3.7。裏のポートを叩け。』
夜。
アパートの明かりを落とし、
リョウはPCの前に座る。
モニターに映る自分の顔が、やけに他人に見えた。
メモの手順をなぞりながら、古いコードを入力していく。
画面の片隅に、白い点が点滅した。
……何も起きない。
時計の針が、午前2時を指したころ。
煙草の火が小さく光った瞬間、モニターがノイズを走らせる。
《接続中……》
音もなく、画面が暗転。
そのまま、何も映らない。
リョウは肩をすくめ、電源を落としてベッドに倒れ込んだ。
翌朝。
窓の外では、昨夜の雨の名残がアスファルトを濡らしている。
PCの電源ランプが、勝手に点いていた。
モニターを覗き込む。
そこには、一行だけ文字が浮かんでいる。
《見てるよ、リョウ。》
背筋が、ゆっくり冷えていった。
誰のいたずらでもない。
これは、“始まり”の合図だ。
リョウは息を吸い込み、呟いた。
「――なら、《“見たくない真実”》
突き止めてやる。」
外では、風が雲を裂いていた。
灰の街の空に、微かな光が差す。
なんとなく……現代物が良いかな?的な感じかな
ダメなら、ごめんなさい!




