『水泣き女』
『水泣き女』
2025/07/23(水) のランキング
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初ランキング入りさせて頂きました。
とても励みになります。有難うございます。
小説家になれる様にこれからも精進致します!!
ーー私の村には『水泣き女』と云う伝承がある。
その日私は『水泣き女』の井戸へと一人向かった……。
「ねえ。おばぁ…あの井戸は何…?」私は、おばぁに手を引かれ山深い村の裏山を散歩していた。裏山の奥の方に不思議な井戸が見えた。オンボロな井戸。枯井戸だろうか?不思議な御札や白いヒラヒラした紙飾り。紙垂と言うらしい。この前おばぁが教えてくれた。それが沢山貼られてる。
「ー裏山の奥の井戸には水泣き女がおるー」
おばぁが、嗄れた声で云う。
「水泣き女?」
私が聞き返せば、おばぁは「んだ」と。頷く。
「村の人らも云っとった。井戸に近づいちゃいかん」
おばぁの嗄れた声が真夏の蝉時雨に響く。
「ー水泣き女に井戸の中に引き摺り込まれるでー」
「……井戸の中に引き摺り込まれるの?」私が恐る恐る聞き返せば、おばぁは「んだ」と。頷き私を諭す。
「おみゃあさんは、もう直ぐ。ねぇねになるじゃろ?おっ母のお腹の中に弟か妹がいるでね。生まれたらちゃあんと教えないかん。あの井戸には近づいちゃいかん」
「わかった!!生まれたらちゃんと教える!!」
私は、おばぁに約束した。
興味本位だった。私はその日。
水泣き女の井戸へと一人向かった……。
近づくなと言われたら近づきたくなる。
……それが人間の性。
昼間おばぁが言っていた通り。村の人々は云う。
『井戸に近づいちゃいかん』
『水泣き女に井戸の中に引き摺り込まれるで』
『水泣き女』の伝承を聞く度に私の心は好奇心で満たされた。怪しげな枯井戸。妖しげな伝承。黄昏時の頃合いに。お腹の重いおっ母が夕餉の支度をしている。忙しい合間を見て私は一人茅葺き屋根の古民家を駆け出た。
「ーーほんの少し見るだけ!!」己に言い訳をして、昼間におばぁと見た。水泣き女の井戸へと駆けたーー。
……ほんの少し。見るだけだったのに。
……あんな事になるなんて……。
はぁはぁ息を弾ませ私は水泣き女の井戸へと着いた。
暗い昏い裏山の奥の井戸には、御札や白いヒラヒラした紙飾り。紙垂の白色が不気味にぼんやり皓っている。
「…綺麗…」不思議と私には、綺麗に魅えた。
…吸い込まれる様に…その枯井戸から目が離せない。
ゆっくり。ゆっくり。と。躰が井戸へと歩を進める。
「ーーあれ?」枯井戸と聞いていたのに。
いざ井戸を覗いて見れば、そこには透明に澄んだ《水》が、たおやかに揺蕩っている。
ーーそっと。ーー井戸の中に手を入れてみる。
「…冷たくて、気持ち良い…」
綺麗な水の感触に。私は、うっとりと囁いた。
ーーその瞬間だった……。
ーーガシッ!!と。
井戸の中に入れた手を強い力で握りしめられたのだ。
「ーーえっ!?…なっ、…何?」
困惑する私の耳に枯れた女の人の声が聞こえてくる。
『……水を……水を……ください……』
「ーーぇええ!!」咄嗟の事に思考が追いつかない。恐怖。畏怖の念。好奇心。そして手を握り締められた。痛み。暗くて井戸の中は良く見えない。けれど。確かに。憑る。
ーーそれは憑たーー水泣き女ーー
凄い力で井戸の中へ私を引き摺り込もうとする!!
水泣き女は水の揺蕩う井戸の中に憑ると云うのに。何故だろう。私を掴む手が『…水を…くだ…さい…』と。言う声が、とても渇いている。カサカサに渇いて枯れているのだ。何故?
不思議に思いながらも私は、必死の抵抗を試みる。
「ーー嫌だ!!手を放してっっっ!!」
そして私は、その水泣き女の手を振り解き。駆けて茅葺き屋根の古民家の家まで必死に帰った筈だったのだ。
ーーその日から。ずっと私は、渇いている。
ーー手も声も。あの日の水泣き女の様にカサカサに渇いて枯れているのだ。何故?
ーー外から。村の人々の声が聞こえてくる。
ーー『井戸に近づいちゃいかん』
ーー『水泣き女に井戸の中に引き摺り込まれるで』
……何故だろう。酷く。懐かしく感じた。
ーー『ねえ。おばぁ…あの井戸は何…?』
ーー小さな女の子の声が聞こえる。
ーー『裏山の奥の井戸には水泣き女がおる』
ーー嗄れた老婆の声が応える。
ーー『水泣き女?』
ーー小さな女の子の声に応える。
ーー『この村の伝承さねーその昔ー日照りが続き。この村は干からびた。どうにか雨をと願った。村の人々は、あの裏山の奥の枯井戸に。一人の瑞々しい若い娘を閉じ込めて、人身御供とした。その結果。天からは恵みの雨が降り。村は水で潤った。だが、不思議な事に村人の渇きは、癒えることがなかった。いくら水を飲もうと渇きが癒えないのじゃ。…そう…それは、人身御供とした。娘の渇き。そのもの。『水をください』と。水で潤った今でも娘は、祈っている。願っている。永遠に潤うことのない渇きに苦しんでおるのさね。そして、軈て娘は、水が無いと嘆きに泣く…水泣き女…となったのさね』
ーー『おばぁは、水泣き女見たの?』
ーー小さな女の子の声が無邪気に老婆に聞く。
ーー『見た事は無いさね。けどね。おばぁのねぇねは、枯井戸に近づいちまって、水泣き女に井戸に引き摺り込まれてしまったでねぇ』
ーー『おばぁ。ねぇねいたの?』
ーー小さな女の子の声に嗄れた老婆の声が応える。
ーー『ぁあ。おったょ。おばぁが生まれる前に水泣き女に井戸に引き摺り込まれてしまっただょ。おみゃあさんも。ねぇねになるだろ?そしたら教えんといかんよ。裏山の奥の井戸には水泣き女がおる。井戸に近づいちゃいかん。水泣き女に井戸の中に引き摺り込まれるで』
ーー『うん!!ねぇねになったら教える!!』
ーー小さな女の子の声が元気にそう応えた。
……ああ。そうか。そうだった。
老婆の嗄れた声を聞いて。私は、思い出した。
あの日。水泣き女の井戸を見に行ったあの日。私は、水泣き女の手を振り解き。逃げた筈だった。水泣き女から逃れた筈だった。筈だったのだ。
……ああ。そうか。この癒えない。渇きは、そうか。
……そうだったのか。あの時。私は既に。
……水泣き女の枯井戸に引き摺り込まれてたのか……。
私の村には『水泣き女』と云う。
伝承がある……。おばぁは云った。
『裏山の奥の井戸には水泣き女がおる』
村の人々は云う『井戸に近づいちゃいかん』
『水泣き女に井戸の中に引き摺り込まれるで』
興味本位だった。私はその日。
水泣き女の井戸へと一人向かった……。
近づくなと言われたら近づきたくなる。
……それが人間の性。
ーー『ー冷たくて、気持ち良いー』
ーー昼間の女の子の声が黄昏時に聞こえてくる。
ーー小さな手が、井戸の中へと差し伸べられた。
ーー私は、その手を力強く掴んだ。
ーー『……水を……水を……ください……』
ーー久々に発した己の声は、驚く程に枯れていた。
『水泣き女』枯井戸に墜ちる。
初投稿。初めてホラー書きました。
…ほら…枯井戸の中を見てごらん……。
挿絵と言うか表紙絵イメージ?
本作の枯井戸の参考程度に挿し込みました。
宜しくお願い致します。