第5章 喪失と気付き
ミっちゃんは、家に帰ってこなかった。
その日は、一日中雨だった。
お母さんもお父さんも、何も言わなかった。
私は「なんで教えてくれなかったの」と怒ることもなく、
ただ、リビングのソファにうずくまっていた。
⸻
机の上に、ノートが積まれていた。
「……これ」
ミっちゃんがまとめてくれていた、私の教科ごとのプリント。
名前を書いていなかったり、しわくちゃになっていたやつも、
きれいに揃えられて、日付順に並んでいた。
私はページをめくる。
マーカーの色が、私の好きな順になっていることに気づいた。
赤、青、緑。──そう、私が言ったことがある、あの順番。
なんで、そんなこと、覚えてるの。
⸻
スマホを開いた。
ミっちゃんとのトーク履歴。
たくさんの「気をつけてね」
「今日は寒いから上着持ってって」
「消しゴム、新しいの入れといたよ」
──読まずにスルーしたメッセージも、今見ると全部重たい。
そのどれもが、
“優しさ”だったと気づいたとき、
指先が震えた。
⸻
ふと、ミっちゃんの部屋に入る。
静かな空気。
机の引き出しには、買い置きされた私の使っていた消しゴムが3つ。
袋のまま、きれいに揃っていた。
本棚の端には、私が読みかけていた小説のシリーズが、
新品で全部揃っていた。──私、欲しいって言ってたっけ。
気づくと、涙がぽろっとこぼれていた。
しゃくりあげるように泣いたわけじゃない。
でも、静かに、音もなく、落ちてきた。
⸻
机の上に、一枚の紙があった。
便箋でも、メモ帳でもない。
コピー用紙に手書きで。
文字は少しふるえていた。
でも、見慣れた筆跡だった。
⸻
「シズへ」
たぶん、私はすごくうまく“お姉ちゃん”できてなかったと思うけど、
それでも、あなたが笑ってくれたら、それで十分だったよ。
気づかなくていいの。ずっとそれでよかったの。
──お姉ちゃんって、そういうものでしょ?
⸻
指先が止まった。
声が出なかった。
なにか言わなきゃと思ったけど、
なにを言っても、届かない気がして、喉が詰まった。
私は、手紙を胸に抱えて、ベッドに沈みこんだ。
⸻
次の朝、ベランダに出た。
少しだけ風があった。
空はすっかり晴れていて、遠くの雲が薄く流れていた。
私は右手をゆっくりと胸の高さまで上げて、
そっと、グッドサインをつくった。
それだけで、胸がいっぱいになった。