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漆黒の魔力

 この世界は剣と魔法が中心であり、前々世で日本人だったアトラスには馴染み深い。


 しかし、魔法の仕組みはどうも理解できていなかった。店長が開いた魔導書の中には、いくつもの文字が並べられており、最後の一ページには魔法陣の絵が描かれている。


 さらに魔法陣の中心には、火を表した絵が描かれていた。


「これは一番有名なファイアボールの書。基本的には魔法の発動文字が書かれているだけよ。ただ、最後の絵が描かれたページが重要なの」

「あ! 火だ。火のマークだ!」


 イルは興味津々で魔導書のページを見つめている。ちなみに店長とイルはほぼ体格が同じであり、どちらも小さい。


「発動文字……というのは?」


 アトラスにとっては聞きなれない言葉だった。


「ここに書いてある文字を脳裏に思い浮かべて、その時に魔力を体から解放することにより、魔法が使えるようになるの」

「凄い! でも魔力がないと使えないんでしょ。魔力ってどうやったらできるの?」


 イルはすぐにでも魔法を使えるようになりたいと思った。


 強い好奇心でいっぱいになる弟と、対照的に反応が薄い兄。執事はこんなに性格が違うのに、いつも仲良くいられる二人が不思議に思えた。


 この年齢なら、ここまで性格が違えば喧嘩するなどしょっちゅうだろうに。実際のところ、二人はここ一年全くと言ってよいほど争いがない。


 それはきっと、兄の立ち回りが上手いからだろうか……とセザールが考えていると、のしのしと亀がイルに近づいている姿を目にした。


「魔力っていうのは、あれは才能だね。ある奴は最初から持っているし、ない奴はいつまで経っても手に入らない。自分よりも強いものと戦い続けたり、特殊な修行をすることによって、魔力を高めることができるっていう説もあるよ。でも確証はないの。ちゃんとした事実は、今の魔法学には存在しない」


 亀の説明に目をぱちくりさせているイル。きっとよく分かっていないんだな、と横で見ていたアトラスは苦笑した。


「ちなみに、魔力を測ることができるオーブならここにあるんだけど、測ってみる?」


 店長はそう言い、店の奥から大きな水晶玉のような物を持ってきて、テーブルの上に置いた。


「ほほう。これはかなりの年代物ですな。相当な価値がありますぞ」

「五百年前からあるのよ」

「ご、五百年!?」


 驚いたイルが叫ぶと、ベルシェリカは上機嫌になった。


「へへん! この店はレアモノの宝庫よ! えっと、こうして手を上のほうにかざしておくと……」


 店長が話しながら、オーブに手をかざして十秒ほど経過した時だった。オーブの中心から全体にかけて、オレンジ色の光が生まれ徐々に大きくなっていく。


「うわあ! すごい、すごーい!」


 イルが感動して声をあげる。オーブの光が収まった時には、球の表面部分に光の数字が浮かび上がっていた。


 一万五千という数字がしばらく映り続け、一分後にはぼんやりと消えていく。


「うーん。ちょっと調子悪かったかも」

「ねえ! 次僕がやっていい?」


 どうぞ、とにこやかに店長から許可をもらい、イルは興奮しつつオーブに手を伸ばした。


(どこの世界にでもあるのだな、こういうのが)


 アトラスはといえば、前世で同じように魔力を測ったことを思い出していた。その思い出は、彼にとってあまり良い結果をもたらさなかったが。


「あれ? 出てこないよ」

「もうちょっと待ちなさい。ほら、出てきたじゃない!」

「あ!」


 少しずつ、青々とした輝きがオーブの奥から発せられてきた。それは店長の時と同じように肥大化し、やがて消え去り数字が残される。


「ご……ひゃく?」


 どうやらイルは、魔力を五百ほど持っているようだ。執事はその結果を見て、驚いてオーブを見やる。


「おおお、なんと。まだ子供のうちに五百も魔力があるとは! イル様はきっと、魔導士としての才能がございますぞ」

「え! そうなの。やったー!」

「凄いじゃないか、イル」


 無邪気に喜ぶ弟を褒めつつ、アトラスは思う。


(この子が順調に成長すれば、本当に俺は何もしなくて良さそうだ)


 この結果には店長も嬉しそうだ。


「うん! 結構な才能あると思うよ。それと青色っていうことは、水とか氷系の魔法に適性がありそうね」

「オーブの光る色で、どんな魔法が得意か分かるのか」

「そう! じゃあ次はお兄さんの番よ」

「俺か……」


 この流れでやらないとか言おうものなら、弟がしつこくねだってくるのは明白だった。彼は面倒ながらもオーブに手をかざす。


 執事と弟は、きっと兄にも相当な魔力の才能が見出されるのではないかと期待している。


 そうでなかったとしても、どんな魔法が適正なのかは分かるはず。執事はともかくとして、イルは待ちきれないとばかりにオーブに釘付けだった。


 しかし、それから数秒、数十秒経過したが、オーブに変化は見られない。さらに二分ほど待ってみたが、何も起こりはしなかった。


「どうやら、俺には魔力はないらしい」

「お兄ちゃん、持ってなかったんだ」


 心なしか兄よりも、弟のほうが残念そうである。執事は苦笑しつつ、彼らを慰めることにした。


「今魔力がなかったからといって、今後もないままとは限りませんぞ。もしかしたらアトラス様は、後になってから才能が開花するお方かもしれないのです。あまりお気になさらぬよう」

「そうよ! あたしだって最初は魔力がなかったんだから。でも大人になったら覚醒したってわけ」

「ん? 大人になった?」

「む! もしかしてガキだと思ってたの。これでもあたし、歴とした淑女なんだからね!」


 このお店といい、店長と店員といい、アトラスにとっては謎だらけである。しかし、そんなことよりも彼は気づいていることがあった。


(微々たるものだが、前世の時と同じ反応だ。どうやら、本当に前世の能力が引き継がれてしまったらしい。これは厄介なことになったぞ)


「でもおかしいわね。このオーブ、なんか奇妙な黒いエネルギーを感知しているわ。ちょっと調べてみるわね」

「いや、きっと大したことじゃないだろ。それよりイル、お前は魔力が多少あるようだし、買っていくか」

「え! いいの!? やったぁ!」


 店長の気づきは、アトラスにとって余計なことだった。


「あたしのオススメは、イル君だったらウォーターボールとかフリーズかな。でも基本を覚えたいのなら、最初はファイアボールがいいわよ」

「えっと、じゃあファイアボールと、フリーズって言うのが欲しい!」


 棚には値札があり、ファイアボールとフリーズの下には銀貨十枚と書かれている。


 この世界には白金、金、銀、銅という四つの貨幣が存在する。銀貨は一枚あたり日本円で一千円ほどであった。


「では買おう」


 普通はファイアボールなどの初歩魔法でも、銀貨であれば百枚は必要なので、かなり安い料金設定だ。


 兄弟は生まれて初めて、魔法を使えるようになるための書物を購入したのだった。


「毎度あり! 良かったらまた来てよね」

「この入り組んだ通路をなんとかしてくれたらな。帰り道も大変だ」

「大丈夫よ! ちゃんと送ってあげるし、あんた達にはいつでもこれる近道を用意してあげる」

「それって——」


 イルが質問しようとしたところで、彼らは急に視界がぼやけるのを感じた。


 歪んだ世界が元に戻ったと思った時、なぜか三人はグロウアスの大通りに立っていたのである。

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