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祭りの途中で

 星に包まれた世界で、彼女はぼんやりと眠りについていた。


 アトラスを転生させてすぐのことである。この世界はわずかな床の音でも響く。ヒールの甲高い音が、アリアナの眠りを妨げた。


「本当に良かったんですか? 素晴らしい魂だったのでしょう」


 後輩の短い緑髪をした天使が、呆れたように玉座に座る彼女を見下ろしていた。


「良かったのよ。あれで」

「えー、本当ですかぁ? もうちょっと重要な役につかせてあげないと、あんまり意味ないんじゃないかなって。あたしちょっと心配なんですよね」

「本人が望む存在になるのが一番よ。それより、用意はできていて?」


 後輩天使は満面の笑みを浮かべ、「それはもう、バッチリですよ」と自信ありげに答えた。


「まさか同じ世界の魂が確保できるなんて、しかも……あの人とゆかりがあるなんて。これってかなり幸運? ううん、運命ってやつかもしれませんよ」

「ええ、運命よ。この世界はきっと面白くなるわ」

「もうすぐここにやってきます。ちなみに、次は誰に生まれ変わらせるんですか?」


 アリアナは玉座から優雅に立ち上がり、組んだ両手を上にして背伸びをした。そしてあくびをしながら、後輩とすれ違っていく。


「望む存在にするだけよ。でも、ちょっとしたお礼はするかも」

「イカサマありですけどねー」

「こら。なんてことを言うの」

「だってぇ。本当のガチャじゃないですよあれ。すっごい美男美女、それも世界の命運を握る人ばかりを紹介してたじゃないですか」


 緑髪の天使は、他の天使がとても言えないようなことも平気で口にする。アリアナは、そんな彼女の態度を意外にも気に入っていた。


「その中では、ちゃんと抽選したわよ。取るに足らない存在に生まれ変わらせるなんて、それこそ勿体無いじゃないの」

「はいはい。じゃあ、あたしはこれで失礼、」

「待ちなさい。あなたがするのよ」

「……へ?」 


 まったく予想できないことを言われ、彼女は固まってしまう。


「言ってなかったわね。私とあなたで、この世界を創造するのよ」

「初耳なんですけど」

「そうでしょうね。今言ったもの。じゃあ、あの魂についてはお願いね」

「え、ちょっと! アリアナさ——」


 あっという間に先輩天使の姿は消えてしまい、緑髪の天使は呆然としていた。


「えええ!? どうしようどうしよう、あたし転生の手助けなんてしたことないよー!」


 突然の無茶振りに慌てる彼女だったが、もう時間はなかった。その魂はふわふわと、星空の世界へ姿を現したのだから。


 ◇


 王子との騒ぎから三ヶ月後のこと。いよいよグロウアス建国祭が開催された。


 大陸中の貴族や民、旅行者達が王都へとやってきて、普段よりもずっと人口が密集している。


 だが混み具合を嫌がる人はおらず、誰もが笑顔に溢れていた。


 祭りの実行長として活躍したロージアン家は、改めて国王からの信頼を深め、じきに公爵への昇格も近いのではないかと噂されるようになった。


 アトラスも祭りに参加し、久々に楽しいひとときを味わっていた。イルとお世話係として付き添うことになった執事セザールの三人で、王都の中央通りを歩いている。


「お兄ちゃん、屋台がいっぱいだよ!」

「飴でも買っていくか」

「僕仮面がいい! あれ!」

「あれは……やめたほうがいいかなぁ」

「なんで?」


 イルが指差した屋台に飾られている仮面は、舞踏会で使われているものと同じだった。こんな怪しいものを子供が付けて良いのだろうか、と心配してしまう。


「ねえ! あれ欲しい、仮面欲しい」

「やめておこう。悪い目立ち方をするぞ」

「えー! 絶対欲しい」

「代わりにオモチャの剣があるから、それを買いに行くか」

「え、本当!? 行く!」

(イルは単純だなぁ。でも、子供はそのくらいで良いよな)


 傍目からはそこまで歳の変わらない兄弟だが、アトラスの中ではイルは息子のような感覚だった。


 とはいえ、彼はこれまでの人生で子供を授かったことはないのだが、きっと子供ができればこういう感情なのだろう、と思うことがある。


 そんな兄弟の姿を、後ろから邪魔しないように執事が見守っていた。仲睦まじい兄弟の姿に、思わず老人の頬が緩んでいる。


 本来の原作世界では、ロージアン兄弟は最初から最後まで相容れない仲であり、このような姿はあり得なかった。


(ずっとこんな風に生きていけたら、良いのだが)


 そうもいかない運命が、おそらくはこの後に待ち受けているのだろう。天使にもっとこの世界のことを聞いておくべきだったと、今更ながらに後悔を覚える。


 アトラスはまだ、世界のことを充分に知ることができずにいた。周囲の人々からも、図書館の文献からも、望むほどの情報が得られない。


 日本にいた頃のように、情報が溢れかえっていた世界だったなら、もう少しやりようがあっただろう。せめて魔法の知識くらいは欲しい。


(ん? 魔法……)


 ふとその時、彼の脳裏に一つの考えが過った。すぐ後ろを歩く執事を見上げ、軽く聞いてみることにする。


「王都には、魔法を売っている店があると聞いたが、本当かな」

「ええ、勿論ございますが」

「一つどうしても気になっていたのだが、魔法って売っているものなのか? どういうものか知りたいんだが、本を読んでもいまいち分からない」


 魔法、という言葉を聞いて俄然興味が湧いたのはイルだった。


「魔法、僕も知りたい! 使ってみたい!」

「買ったら使えるのかな」

「いやー、魔法には才能が必要ですからな。しかし、アトラスぼっちゃまも、イルぼっちゃまも、もしかしたら途方もない才能をお持ちかもしれませんぞ。ちなみに、確かこの大通りにも、魔法屋があったはずです」


 この一言に、幼い弟の目が輝く。


「本当!? ねえ見たい! 見に行こうよ!」

「アトラス様も、よろしいですか?」

「俺も興味がある。寄り道して行こうか」

「やったー!」


 弟が飛び跳ねるように喜ぶ姿を見て、兄もまた笑顔になる。しばらく大通りを進むと、右手に普通の一軒家が見えた。


「おっと。ここのようですな」


 セザールが見上げた屋根の看板には、ベルシェリカ魔法店という文字が書かれていた。

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