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金色のアトラス

 マーセラスは焦っていた。


 彼の剣や魔法が、空に浮かぶ存在に何度も命中している。されど巨大な怪物と化した男——タイランにはまるで効果がない。


 だが、タイランもまた余裕というわけではなかった。自らの体に僅かでも傷がつく、その度に怒りに震えたのである。


(おのれ。小僧の分際で)


 腹を立てた彼は、自分より遥かに小さな青年を腕づくで捕まえにかかる。しかし、易々と相手の手には乗るまいと、するりと逃げられてしまう。


 だがこの状況であくまで優位なのは、空翔けるタイランである。彼は捕まらないなら、他の何かを攻撃するすることで罠に嵌めようと考える。


 静かに瞳を閉じ、ある魔法を思い描く。少しして、彼の周囲に多彩な光玉が出現した。それは八つほどあり、いずれも強大な魔力が込められている。


 悪魔は八つの魔法を、ほぼ全方位に振り撒いた。するとグロウアスの美しい街並みに、またも爆発が生じてしまう。


「く! なんてことだ」


 剣聖は自らの近くに落ちた光玉が、子供にぶつかろうとしていることに気づき、慌てて飛び込んだ。


 子供を抱きしめながら転び続け、爆発の音が耳に響く。小さい男の子は無事だったが、あまりの恐怖に泣いていた。


「大丈夫だ。僕がなんとかするよ。君は安全な所に行きな」


 マーセラスは子供を安全なところで離すと、またも跳躍する。そしてこの時、彼はなんとも不気味なものを目にした。


 両手を広げたタイランの中心に、黒々とした魔法の玉が見える。それはやがて少しずつ、大きさを増しているようだった。


「あれはまずい!」


 マーセラスは自分にできる精一杯の魔力を解放し始める。白い光の柱が自然と生まれ、神々しい輝きとともに力が溜められていく。


 あの黒き魔法を大地に放たれたら……考えただけで彼は震える。自らも渾身の一撃を放ち、あれを止める以外にはないと思った。


 マーセラスは勇敢になった。あの途方もなく大きな魔法に衝突したら、死ぬ可能性が高いことは明白だ。それでもやるしかない。


 その様子を遠巻きに眺めていたアトラスは、勝負を決める頃合いは今だと悟っていた。


 彼の持つ赤き剣——ヘルサーベルが形を変えていく。やがて大剣ヘルブレイドとなったそれを、彼は胸の前で握りしめている。


 そして、彼だけが持つ漆黒の魔力を用いて、周囲にいるさまざまな存在から、少しずつ魔力を集めていった。


 やがて大粒の光が集まってきた。こうして黒き魔が吸い込んでいく様を、彼は何度も体験しているはずだったのだが。


(なんだ……この力は。あまりに……)


 違和感が身体中を巡っている。急激に暑くなったため、兜を脱ぎ捨てた。続いて剣を水平にして構えたのだが、その時になって気づく。


(この色は……この力は。まるであの時と同じだ)


 全身に無限に力が流れ込んでくるような感覚。事実アトラスの体には、かつてないほどの魔力が吸い寄せられ、力を増幅させてくれる。


 何より体全身が、金の輝きに包まれているではないか。


(前世で時折あったことだが、なぜ今ここで?)


 彼の疑問に答えてくれる者はいない。その答えを本当に理解している者はいない。


 やがて金に輝く炎に包まれ、アトラスの姿はまさに神の如き美しさと壮大さに満ちていった。


 この力の秘密は、実はレオナである。祈りを捧げる彼女の全身から、アトラスが纏っている金の光が放出されている。


 その祈りが、彼を頂上の存在へと導いている。黒き力が何倍にも膨れ上がり、眩い輝きが周囲を照らしていく。


(目立つどころの話ではない)


 これほどの失敗があっただろうかと、彼は悔やむ。しかし時は来てしまった。誰よりも早く準備を終えたタイランが、勝利を確信して魔法を解き放ったのだ。


 続いて勢いよく飛び出したのは、剣聖マーセラス。彼は決死の覚悟を持って、人々を暗黒の光から守ろうと、白く輝く光のつるぎで切りかかった。


 そして最後に動いたのは、ロージアンのアトラスだ。ゆらりと体を前傾させた後、戦場に黄金の爆発が生じた。


「うおおおおおおお!」


 白き剣聖、マーセラスの剣が正面から魔物とぶつかっている。


「舐めるな……ただの剣聖如きが。神に、神に叶うものか!」


 黒き悪魔、タイランが破壊の魔法で潰そうとする。


 二つの衝突は当初こそ互角に思えた。しかしそれは間違いである。


 神になり損なったとはいえ、タイランは怪物にはなれた。その魔力はマーセラスの想像の上をゆく。


 このままでは負ける。みんなが死んでしまう。マーセラスの双眸に焦りが浮かぶ。タイランの顔に勝利の笑みがこびりつく。


 しかし、勝負を決めたのはどちらでもない。目にも映らない究極の飛翔。隼すら相手にならない速度の芸術。黄金の炎に包まれし本当の怪物が、今二人に迫っている。


 彼の名はアトラス。金色のアトラスだ。


 太陽のような輝きを誇る大剣が、黒き魔法ごとタイランを切り裂いたことに、気づいたものはどれだけいただろうか。


「あ、あああ……なんで。い、いやだ! な、何が起こ——」


 悲鳴を上げながら、神になろうとした者は崩壊していく。体が崩れ落ち、やがて無情な大地へと落下していく様を、マーセラスは信じられない面持ちで眺めていた。


「……勝った、のか? ……僕が?」


 剣聖はこの時、アトラスの助けが入ったことに気づかなかった。多くの国民もまた、マーセラスが激闘の上に勝利したと信じて疑わなかったのだ。


 だがここで一人だけ。剣聖の勝利に疑問を覚えた男がいる。


 彼は城の屋上で、王や騎士達と共にことの顛末を見守っていた。第一王子レグナスである。


「あの一瞬の輝き。なんと美しきかな……あれは一体なんだったのだ?」


 王子の疑問に、明確に答えられる者はいなかった。しかし彼の中では、あれは剣聖の勝利ではないという確信があった。戦いの流れとして不自然すぎる。


「波乱の世であることよ。しかし、そのほうが面白いではないか」


 答えは結局は分からない。しかし王子は不敵に笑う。こういう非日常と不可解に溢れているからこそ、人生とは面白いのだと。


 ◇


 それから一週間。グロウアス全土を震撼させた魔物の襲撃事件は、ようやく解決を迎えていた。


 残された魔教徒達は捕まり、事件の全貌が明らかになった。タイランという貴族の際限のない欲によって生まれた計画が知れ渡り、王都の民衆は驚愕の渦に包まれる。


 第一王子レグナスは、やがて学園に戻ってきた。これまでの遅れを取り戻すとばかりに、勉学に明け暮れている。


 ノアは相変わらず、毎日を楽しく生きながら自分を磨いている。明るさと強さが同時に伸びているようだった。


 リリカは脅威が去ったことで、今までよりも穏やかな姿を見せるようになった。彼女はこの一週間という短い時間でも、日増しに美しくなっていくようだ。


 マーセラスは剣聖としての力を覚醒させはしたが、結局のところ普通に学生として生活を続けている。英雄として騒がれることも多いが、彼にとっては普通の暮らしが一番であった。


 イルやロージアンの家族は、兄の活躍ぶりを喜び充実した日々を送っている。特に父シェイドは、今回の息子の活躍に鼻を高くしているようだ。


 では、当のアトラスは何をしているのか。


 ある日の放課後、彼は人気のない校舎を歩いていた。そして年季の入った鍵を使い、今ではほとんど使われていない部屋へと入っていく。


(最果ての図書室。いつ聞いても良い名だ)


 グロウアス王立学園には、いくつもの図書室がある。彼が入っていったのは、最も古い図書室であり、多くの人々から忘れられているほど、人気のない場所だ。


 レグナス王子が戻ってきてしまい、彼はここ数日どうも落ち着かなかった。そんな時、ある部活のことを知ったのである。


 文芸部とのことだが、部員は幽霊部員が数名いるのみ。この最果ての図書室を部室に当てがわれ、あまりに影が薄い。


(とうとう見つけた。俺にとって落ち着ける場所を)


 やはりというか、彼以外にこの部室にいるものはいない。


(入部も簡単だったし、これからはここで暇を潰すとしよう)


 ようやく理想の暮らしに近づいている、そう思っていた矢先だった。誰も来ないはずの図書室に、ノックの音が響いたのだ。


「どうぞ」


 おかしな人もいるものだ、と思い声をかけてみると、扉はおずおずとゆっくり開かれた。


「あっ、久しぶり」

「お前は……」


 この時、無表情な彼が明らかに驚きを顔に浮かべた。やってきたのは学園でも屈指の人気を持つ歌姫、レオナだったのだ。


「どうした? 場所を間違えたか」

「ううん。ここであってる。あのね、私も良かったら……入部していい?」


 アトラスの顔に、さらなる驚きが浮かぶ。今をときめく学園上位の歌姫が、このような何もない部活に入るなど、一体どうしたというのか。


「別に構わんが。ここには俺くらいしか来ないぞ」

「ありがとう! うん、私……その」


 彼女は何かを言いたそうにしている。アトラスは彼女と知り合ったしばらくを思い出し、そして一つのことに気づいた。


(そうか。あの白い鎧を着て戦っていたことを、俺が喋らないか心配しているのか)


 この予想は盛大に外している。しかし彼には分かり得ないことだった。


「安心しろ。あのことは、誰にも言わない」

「……え。あのこと……って」


 ふと、レオナの瞳が驚きで見開かれていた。アトラスは淡々と続ける。


「俺と同じように、お前も鎧をきて戦っていただろう。あれは誰にも言ったりはしない。安心しろ」


 すると、レオナの目がみるみるうちに困惑に変わっていた。


「え? そっち?」

(……そ……っち……?)


 今度はアトラスが戸惑う番である。そっちとは一体どっちなのか。彼にはまるで心当たりがない。


 しばらく見つめあっていると、ふとレオナがクスりと笑った。


「ごめんね。よく分からなかったよね。でもいいの。ありがと!」

「そうか、いいのか」

「うん。あの……これからよろしくね。アトラス君!」


 この時、レオナは劇場でも見せたことがない、幸せに包まれた笑顔を見せた。


 アトラスがその笑顔に見惚れていると、不意に扉を叩く音がする。今度は乱暴なノックだった。


「あ、いたー! 探したぞアトラス。ってか、部活ってここ?」


 ノアである。しばらく顔を見ないと思ったが、以前よりも元気だ。


「私の守護者は……すぐにどこかに行く」


 続いて入室してきたのはリリカである。少々不機嫌なようだった。


「へえー。こんな図書室あったのか。面白そうだから、僕も入ってみようかな」


 さらにはマーセラスまでやってきた。アトラスの脳裏に、嫌な予感が浮かぶ。


「俺、入部しようと思ってるんだ」

「私も」

「じゃあ僕も」

「え、え!?」


 突然押しかけてきた面々に、レオナも戸惑っている。


 彼はこうして、気がつけばいつも仲間に囲まれている。それは前世にはない幸福であり、前々世では得られなかった充実だ。


(まあ……悪くはないか)


 すぐに彼は三人の入部届も準備することにした。こうして歴史に名を残す面々が、ごく普通の文化部に勢揃いしたのである。


 あまりに豪華な顔ぶれがいきなり揃ったので、アトラスはふと笑ってしまった。そんな彼の笑顔を見つめることが、レオナにとって何よりの幸せだ。


 部室の窓から見える夕陽が、いつになく輝いていた。

 皆さんこんにちは!

 ここまでお読みいただきお礼を申し上げます。


 よろしければ最後に、下にありますお星さまをポチッとしていただけると大変嬉しいですmm


 お読みいただき、ありがとうございました!

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