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全ては剣聖の活躍

 儀式には生贄が必要だった。


 タイランは必ずや神となるべく、その生贄の確保に執着していた。


 もちろん、第一の候補としてはレオナ、続いてリリカであったのだが。実は殺されていった魔物や魔教徒も、生贄にすることはできるのだ。


 隅々まで邪教の儀式について調べ抜いた男は、いよいよ始まった変化に身を委ねる。


 体がまるで無重力のような状態となり、勾玉が生み出す世界に吸い寄せられていく。


(当初、私がなりたいものは破壊の神であったのだが、一体何に生まれ変われるか。神であれば、もうなんでも良いわ)


 前世の頃と違い、現世での儀式では出現する神が明記されていなかった。しかし、いずれの文献でも邪悪で恐るべき力を秘めた存在だと、怯えのある筆跡で書かれている。


 やがて彼は、自らを覆うように現れたそれと対面した。


「おお……なんと……」


 思うように言葉が出てこない。超常の存在を目にした感動と畏怖が、タイランの脳内をかき乱していた。


 しかし、もはや言葉など不要であった。それはあっという間に彼と重なり、またも得体の知れぬ何かへと変化する。


 それは神か悪魔か。あまりに危険な何かが、王都の地に現れた。


 ◇


 巨大な化け物が空に浮かんでいる。


 この知らせを受けた王国の騎士達、憲兵達はすぐさま討伐をするべく急いだ。


 だが、どれほど数を集めても、実物を目にして唖然とするばかりである。


 その怪物は全身を黒い体毛に包み、人と同じような長く白い髪を生やしていた。こめかみの辺りに長い角を生やし、竜のような翼が背中にある。


 一体何メートルあるというのか。地上で見上げる人々は、その怪物の壮大さを測りかねている。無理もないことであった。


 実は彼には、タイランとしての意識が残っている。


 満足げに笑う男は、いよいよ自らの力を誇示するべく破壊に乗り出した。右手に赤き光の玉を、左手に黒き光の玉を作り出し、それぞれ別々の方向へと飛ばしていく。


 二つの光は、ほぼ同時にグロウアスの大地に突き刺さり、奇妙な爆発を起こした。この攻撃に尋常ではない脅威を感じた騎士と憲兵達は、敵に届かないと知っていても矢と魔法を大量に放っていった。


 タイランは細々と動き回る人間達を見て、これ以上なく愉快な気持ちであった。


 とうとう自分は至上の存在になることができた。その喜びに浸りきっている。


 だからだろうか。彼の反応は少しばかり遅れた。


 白く長い魔法の光線が、彼の胴体を掠める。明らかにこれまでの攻撃とは違う、自らに痛手を与えることが可能なもの。


 タイランは忌々しい気持ちで、それを放った者を探した。そして見つけた時、彼の中で意外な驚きが生まれる。


 大地を蹴り、人間離れした跳躍でこの場に辿り着いたのは、マーセラスだったからだ。


 可能か限り高い屋根の上に立ち、怪物をじっと見つめている。


「あれがリリカが見つけていた、赤い星なのか」


 ここに来るまでの道で、リリカと再会することができた。どうやら儀式とやらが始まっていて、何かが動き出していると彼女は教えてくれた。


 だが、まさかこれほどの化け物が出てくるなど、思いもしなかった。


 それでもマーセラスの胸には衰えぬ戦意がある。彼はもう今までのどこか軟弱な青年ではない。


 剣聖としての力を覚醒させた男は、巨大すぎる魔に自ら飛び込んでいった。


 白き刃と黒き暴力がぶつかり、グロウアスの騒ぎは激しくなっていく。


 民達は恐怖に震えて逃げ惑った。騎士達はどうして良いか分からず、右往左往している者がほとんであった。


 だが混乱が極まった王都においても、冷静に動ける者はいる。黒き鎧に身を包んだ男、アトラスだ。


 彼はレオナを安全な場所まで運び、静かに下ろしてあげたところであった。魔力を感じるまでもなく、異常な存在が現れたことは分かっている。


「……行くの?」


 レオナは静かに尋ねた。


「ああ。流石に放ってはおけない」


 彼はもう、この姿でも普通に彼女と話すことにした。教会で再会した時、すでに自分のことはバレていると感じたからである。


「そう……気をつけてね。待ってる」


 ん? と彼は不自然に湿った返事に違和感を覚えたが、今はそれどころではない。


「ああ。また学園で会おう」


 その言葉だけを残し、男は戦場へと戻っていった。


 レオナは彼の背中が見えなくなるまで、いつまでも見守っていた。そして静かに、彼の無事を祈り始めたのである。


 波乱の状況の中、彼は尋常ではない飛距離の跳躍をし、タイランとマーセラスの戦いを遠間から見れる場所に着地した。


 屋根の上から見える景色は、まるで戦争のようだったが、恐れるほどではない。


(あれが神か……いや、違うな。ただの魔物だ)


 タイランが聞けば悲しみに震えただろう。前世からの知識で、彼は魔物の格を正確に測ることができた。


 アトラスの見解では、タイランは決して神になったわけではない。それどころか、上位の悪魔にすらなれていない。


(まさかマーセラスが、あれほど戦えるようになるとは。あの独特な光、あの眩い輝きは特別なものだ。……しかし、まだ足りていない)


 マーセラスは神の成り損ないに苦戦を強いられていた。力を手にしたとはいえ、まだまだ上位の戦士には劣っている。


 しかしアトラスにとって重要なのは、彼の中に英雄を見たことである。


(手伝うとしよう。そして手柄はマーセラスのものになる)


 そう、全ては剣聖の活躍。


 アトラスは今回も、自分の目論見が上手くいくと考えていたのである。

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