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聖女の予言

 その後は両親から猛烈な質問攻めにあい、事情を理解してくれるのに小一時間ほどかかってしまった。


 ようやく解放された後、両親達は祭りの準備で王都に泊まり込みになるらしく、アトラスと弟は邸に帰ることになった。


 小さな子供達は挨拶が終われば、建国祭の当日までは家で過ごせるようだ。


 やっと解放されたと思ったアトラスだったが、今度は弟のイルから質問の嵐を受けることになった。イルは五歳であり、好奇心旺盛なうえに兄を好いている。


「じゃあお兄ちゃんは、いきなりケンカを売られたってこと?」


 馬車の景色を眺めながら、兄は手を横に振って否定する。


「違う。あくまで稽古をつけたいということだ。情けない後継者を鍛えたいという、優しい王子の心意気だよ」

「優しいなんて変なの! なんでそんなに感じ悪いの」

「あまり大きな声で言うな。見つかれば不敬罪になりかねないぞ」

「ふけいざい?」

「偉い人の悪口を言うと、とっても怖い目に遭うってことだ」


 ぶるる、と震える弟を見て、兄は内心微笑ましい気分になる。弟の前でだけは、なんとなく日本にいた自分が戻ってきた気がする。


 前世の戦いだらけの日々で、彼は自分がどこか壊れてしまったと思わずにはいられない。それだけの地獄を経験して、また新たな人生を生きると言うのは、不思議な気がしてならなかった。


「あ! 見てみて、せいじょさまだよ」


 弟が隣で目を輝かせ、前からやってくる馬車に手を振った。アトラスも一緒に軽く手を振りながら、ロージアンよりも一回りは大きな馬車に感心していた。


「ねー! あの紋章は何? どこのお家?」

「どこだろうな……いや、これは聖教会だな」


 実は馬車はグロウアス聖教会と呼ばれる、大陸で最も栄えている教団の所有物であった。


 よく見れば神父の服を着た高齢の男女が乗っており、警備の兵隊もグロウアス兵とは趣が異なる。


 グロウアスの兵士達は基本的に銀色の甲冑を纏い、多くが剣や盾、弓といった武装一式を装備している。だがここにいる護衛兵達は、付けていてもプレートメイルと長剣のみ、という軽装であった。


(まるで大名行列みたいだな)


 ロージアンの馬車は、こういった場ではせいぜいが数人程度しか護衛がつかない。だが聖教会の馬車には、神父と兵隊が縦に並ぶように続いている。


 人件費とかどうなっているんだ、などとかつての日本人が考えていると、ちょうど馬車同士がすれ違い、そのまま通り過ぎようとしていた。


「申し訳ございません。少し停めていただけますか」


 しかし、この時まるで小鳥のように可愛らしい声がして、長い行列は程なくして足を止める。


「あれれ? おじさん達、みんな動かないよー」

「ん? 妙だな」


 少しして、神父数名が慌ただしくロージアンの馬車まで駆け寄ると、従者に声をかけた。何かを頼んでいるようだが、後ろの座席にいた兄弟はしっかり聞き取れない。


 しばらくして、従者の一人が駆け足で馬車のドアを開け、兄弟に頭を下げてきた。


「申し訳ございませんぼっちゃま。どうやら、聖女リリカさまが今ここにいらっしゃって、一度お会いしたいとお願いしているようで」

「あのリリカ様か。是非とも」

「お兄ちゃん、リリカさまって誰?」


 アトラスはイルに小声で「俺も知らない」と囁いた。


「でも、偉い人みたいだから、会わなければ後で父上と母上に怒られる」

「えええ。じゃあ行く!」


 この世界がなんらかのゲームと瓜二つであることは、天使から聞かされている。しかし、アトラスにはその知識がなく、聖女や教会といったものはまだまだ未知であった。


 馬車から降りてみると、すでに渦中の聖女は大地に足をつけ、まだ小さな体でこちらへと近づいていた。


 肩までの銀髪と赤い法衣に身を包んだその姿は、まだ幼いが神秘的な空気を漂わせている。


「はじめまして、聖女リリカ。すでにご存知かと思うが、俺はロージアンのアトラス。こちらがイルだ。イル、聖女にご挨拶を」

「はじめまして、イルです」


 舌ったらずな弟の挨拶に、リリカはこくんとうなづく。


「……はじめまして。……あなたから、運命を感じる」

(なんの前置きもなく、いきなり運命ときたか)


 ぼんやりとした金色の瞳には、いったい何が映っているのだろう。アトラスは彼女の素性を知りたいと思った。


 イルはといえば、「運命? お姉ちゃん、運命ってなあに?」と無邪気に質問している。が、リリカは黙ったままだ。


 聖女と称される存在は、前世でも相当に特別なもので、絶体絶命の窮地を救うことも、近い未来を見通すこともできる。


 味方にいれば何よりも心強いが、もし敵になってしまうと厄介極まりない、そういう重要な役回りだった。


 現世も同じように強力な存在なら、万が一でも敵対はしないほうが良い。アトラスは爽やかな笑みを浮かべながら前に出た。


「いきなり興味深い発言だな。それはどんな運命かな。俺達が建国祭で劇をやることになり、主役の座を争うとか?」

「え! お兄ちゃん、僕たち劇をやるの!?」

「……違う」


 静かに聖女は首を横に振る。もう一度顔を正面に向けた時、金の瞳が怪しく光を帯びた。


「ごく近い将来……私達の戦いに、あなたは深く関わる」


 この時、馬車に乗っていた大神父が身を乗り出し、食い入るように彼女の動きを見つめていた。


「予言だ! 皆の者、心して聞きなさい。彼女に神が宿っておる」


 周囲にいた神父や護衛兵達は慌てて跪き、彼女の次なる言葉を待った。イルはびっくりして、周りをキョロキョロと見回している。


「……最悪の戦いは……八年後。その時まで……私達は」


 アトラスは彼女が言葉を言い終えると同時に、すぐに側へと詰め寄った。細い人形のような体が、後ろに倒れることが分かったからだ。


「あ!? お姉ちゃん!」


 イルが慌てて叫んだ。抱き止めた時、すでにリリカは意識を失っていた。


「リリカ様! 治癒係を呼べ、早く!」


 すぐに神父や護衛兵達が彼女を預かり、二人はすぐに蚊帳の外になる。ここで長居しようものなら、後々またしても質問攻めに遭うことは目に見えていた。


「帰るか、イル」

「え? お姉ちゃん倒れちゃったけど、いいの?」

「いいんだ。とっても頼りになる大人が守ってるんだから。それより、早く帰ろう。途中で良いレストランがあったな」

「うん! 僕お腹空いた!」


 それからすぐ、ロージアンの馬車は王都を後にした。


(そうか。ゲームの世界での戦いは八年後に始まるか。悪役であるアトラスは、恐らく自分から首を突っ込む運命だったのだろう。だが、それは悪役をしているアトラスであり、俺ではない)


 そもそもアトラスは重要な役回りではない。むしろいなくても充分なはず。天使の話ではそうだった。だから彼は思う。関わらなければ縁は切れるはずだと。


 自分は絶対に関わらないようにしようと、アトラスは改めて心に決めた。

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