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生贄、生贄

 アトラス達が激闘に身を委ねるなか、相反するように静かな時を過ごす人々がいる。


 彼ら彼女らは、少女の歌声に心底惚れ抜いている。ここは劇場であり、少女は誰よりも美しく輝いていた。


 しばらくして幕が降りると、少女——レオナは微笑を浮かべながら劇団員達と挨拶をかわし、楽屋へと戻っていく。


 この後は、劇場を去っていく客を見送ることになっていた。


 だが、おかしなことに楽屋に戻ると、閉めたはずの窓が開いている。風に吹かれるカーテンを見て、レオナは違和感を覚えていた。


 そのまま窓の外を眺めるが、特に変わった様子はない。しかし何かを感じていた。


(私、閉めるの忘れちゃってたのかな)


 ただの些細なミスだと思い、振り向いた時であった。


「きゃっ!?」


 思わぬ男がドアの前に立ち、彼女に優雅な会釈をしてみせる。それは間違いなく見知った顔だった。


「タイラン……様……」

「これは失礼。驚かせてしまったようだね。しかし君、私がこうして強引に馳せ参じた理由も、察してもらわなくては困るよ」

「理由って」


 ゆっくりと歩み寄ってくる気味の悪い貴族に、レオナは怯えずにはいられない。早く他の劇団員が来てくれることを願ったが、誰もやってくる気配はなかった。


「私のために歌ってほしい。そう伝えたはずだがね。覚えていないのかい?」

「あ、あれは! でも、あんな事件があったのですから、パーティーは中止に」


 なおもタイランは笑みを顔に張り詰めたまま、こちらに迫ってくる。レオナは後退りながら回り、男から逃げられるように動いた。


「パーティーが中止? そうだろうねえ、田舎の貴族どもの催しなど、風が吹いただけでなくなるだろうさ。しかし私の催しは違うぞ。何があっても行われるのだよ。私が望む以上はな。君にとっても最高の舞台になる。それは私が神にかけて誓うよ。さあ、来てくれるかい?」


 いつの間にかタイランが窓側になり、レオナが扉側に立っていた。この男はあまりに怪しい。


 この後は一言告げて、そのまま出ていこう。そう思った時であった。


「私はね、レオナ。神になりたいんだ」

「……神……?」

「誓うといっておいてなんだがね。神になることが夢なのさ。生まれ持った力だけでやりくりするような、ちっぽけな存在で終わりたくない。だからずーっと……それはもう何年も何十年も何百年も……この時を。この時だけを待っていたんだ! なあレオナ、歌ってくれるかい? 至上の存在となる私のために」


 彼女の顔が青くなっている。唇が微かに震えていた。しかしそれでも、首を縦には振らない。


「お断りします。すみません、もうお話しすることは——」


 その時だった。突如背後から誰かに捕まれ、布で口元を塞がれてしまう。


「運べ。これ以上ないほど丁重にな。もし微かにでも汚すような真似をしたら、死ぬより恐ろしい目に遭うと思えよ」


 先ほどまでの熱弁が嘘のように、タイランは冷酷な眼差しを背後からやってきた魔物達に伝える。


 そのすぐ後、劇団員達が楽屋に様子を見にきた時、すでに彼女はいなくなっていた。


 ◇


 一方その頃、グロウアス王立学園内の教会では、真に激しい戦いが繰り広げられていた。


「この……どうなってんだぁ!」


 ノアが叫びながら、黒いローブに包まれた女に攻撃を仕掛ける。しかし、どんな蹴りや突きも、まるで紙のように受け流されるか、霧のように姿を消して逃げられてしまう。


 その間、ローブの女もまた奇妙な針を飛ばしたり、黒い雷を放ったりしている。


 二人が教会で激突する様子を、リリカは毅然とした態度で見つめていた。


 当然女は、聖女にも攻撃を仕掛ける。しかし、彼女は薄いカーテンのような魔法壁でそれをいなし、聖なる光を彼女へと浴びせていた。


 一気に距離を詰めたノアが、下から上へと蹴り上げながら宙を舞う。他の相手なら明らかに決まっていたのだが、ローブの女には当たっていない。


 しかし、黒いローブは剥ぎ取られた。空中で回転しながら、ノアは相手の姿を探す。


「いない?」


 怪しき敵の姿が見えない。リリカもまた、女がどこに消えたのか探し回っていた。


「やるじゃない。お嬢ちゃん」

「——え!?」


 着地する直前、ノアは声がしたほうを見上げて絶句した。柱にしがみつくその姿は、顔は人間だが体はまるでカメレオンである。


 人間ではない、しかし完全な魔物でもない。あまりに歪な存在に、二人は驚きと恐怖を抱いた。


 その戸惑いと隙を、女は見逃さなかった。突如として長い舌が真っ直ぐに伸びていき、リリカの胴体に巻き付いたのだ。


「あ、う……」

「リリカ! このぉ!」


 直後の女の動きはあまりにも素早かった。ノアが全力で追いかけるのも虚しく、あっという間にどこかへ消え去ってしまう。


 この時、グロウアスの歌姫と聖女は、同時に魔の存在に攫われてしまったのである。


 ◇


 アトラスは急いでいた。


 地図を手にした以上、もはや迷うこともない。ただひたすら地図が指し示すその先に向かってやると、そう思っていた。


 この時はまだ、レオナとリリカが攫われたことなど知らない彼である。


(何のつもりかは知らないが、これ以上何かされては堪らない。今日で終わらせよう)


 そう思いグロウアスの大通りを進む。しかし、急ぐ彼の元に奇妙な変化が訪れる。


 とある一軒家が、周囲とは全く違う色の輝きと魔力を放っていたのだ。


(あれは、ベルシェリカ魔法店……だったか。なぜ今頃あのような)


 気にはなっているが、足を止めたくはない。しかし次の瞬間、自らが手にしている地図に、魔法の光を当てられてしまったのだ。


(何の真似だ)


 こうまでされて無視はできない。アトラスは仕方なく、奇妙なほど人目を引くベルシェリカ魔法店の扉を引き、中へと入っていった。


 直後、視界が真っ暗に染まる。続けていくつもの光の線が現れては、自らの周りを通過していった。


 何が起きたのか分からずにいると、視界は晴れて夜の森に一人立っている。


「ここは……随分と懐かしいな」


 見覚えのある家が、目の前にある。かつて小さかった頃、執事と弟と三人で訪れたことを思い出していた。


(もはや誘われているのは明らか。何の用か聞いてみるとしよう)


 アトラスは本当のベルシェリカ魔法店へと足を踏み入れる。すると、懐かしい亀がのそのそとこちらにやってきた。


「いらっしゃい。ベルー! お兄さんが来たよ」

「はーい! ひっさしぶり、アトラスお兄さん。随分と背が伸びたのね」

「ああ。そっちは変わらないな。ところで、何か用か?」


 幼い見た目の少女は、あの頃と変わっていない。まるで時が止まっているかのようだ。


「ええ。あなた、とっても面白い事をしてるじゃない。魔物達のドンと、やり合ってるでしょ?」

「アイツらがドンなのかは知らないが、迷惑を被っているのは確かだ」

「でしょー! だからあたし、手伝ってあげようと思ったの」

「手伝う?」


 アトラスには、彼女の言うことがピンと来なかった。


「そうよ。何しろその地図の先に行くには、ちょっとした工夫が必要なの。それはねアトラス、あなたに最短の道を示すとともに、あなたを最も目的地から遠ざけるものよ」

「よく分からんな。もう少し、分かりやすく言ってくれないか」


 黒いローブの男から出てきた地図。悍ましい匂いがするその地図を、ベルシェリカはじっと見つめていた。


「教えてあげるわ。アイツらが何なのか。そしてこれから、何をしようとしているのか。あたし達がこうなったのもアイツらのせい。だから今日、アンタと一緒にアイツらをぶっ倒したいってわけ!」

(なるほど、話を聞く価値はありそうだ)


 この後、アトラスは知ることになる。それはローブの連中の正体と……タイランの野望。


 彼にとって、決して気持ちの良い話ではなかったことは確かである。

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