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王子の恐怖

(面倒なことになってきたな)


 アトラスは見かけこそオドオドした態度を見せ、王子の溜飲を下げようとするのだが、怒りの炎はおさまりそうもなかった。


 慌てた兵士や教育係が、レグナスを必死に宥めているのだが、頑固な性分の持ち主だから引かない。


「俺はただ、その男と剣の稽古をするだけだ。ロージアン家といえば今年の建国祭の主催であり、グロウアスを支える大切な一家だ。その息子が軟弱とあっては、後の憂いになりかねん。賛同はされても反対されるいわれはないぞ」


 若干七歳にして、この堂々とした空気はなかなかだ、とアトラスは感心した。それはそれとして、中庭についていかなくてはならないこの展開はごめんだったが。


 教育係の説得が続くうちに、周囲がこの騒ぎに気づいて人だかりができてきた。


「おやめくださいましレグナス様、突然お稽古などと!」

「じい! 先ほどからくだらぬことを申すな。その者、木剣を二本用意せよ」


 兵士の一人は、王子に命令されて仕方なく剣を用意することにした。アトラスはもはやどうにもならないとばかりに、ただ無表情に中庭に向かう。


「お前、武術の経験はあるか」

「ありません」

「ロージアンではやらぬのか。自分の身は、自分で守らなくてはならんのだぞ」


 少しして、息を切らしながらやってきた兵士から木剣を受け取ったレグナスは、まずは自身の腕を披露してみせた。


「では、剣の基本を見せてやる。お前は俺のやることを真似するのだ。良いな」

「はい」


 もはや拒否権など存在しないのだろう、とアトラスは諦め半分で返事をした。


 レグナスがやってみせたのは、正に両手剣の基本と言える真っ向斬りや袈裟斬り、一文字斬り、突きといった技の数々だった。


 前世で散々してきた反復練習と、やっていることはほぼ同じだったので、アトラスは特に苦も無くそれを真似た。


(足捌きや構えが少し違うような気がする。これは王子特有のものか、または俺がしてきた剣術とは違うのか)


 前世と現世においては、あらゆることに微々たる違いがあった。世界が違うのだから、もっと大きく変わっていても良いのだが、それが彼にとっては疑問であった。


 レグナスは七歳にしては、剣の冴えは目を見張るものがあった。自分の身は自分で守る、という思想は偉い者ほどなくなってしまう。


 王子は軟弱な貴族が嫌で仕方がない。そんな彼の目に、アトラスは当初こそ平凡に映った。


「飲み込みは早いようだな。では打ち込み稽古でもしてみるか」

「レグナス様! おやめください!」


 二十分ほど過ぎて、レグナスが打ち込みを申し出た時、教育係は声を上げて制止した。


 いくら国内では特に権力が強い王族とはいえ、他貴族の子供に怪我をさせたら問題になりかねない。


「じい! この俺が怪我をさせるとでもいうのか。相手は素人だ。加減くらい分かっている」


 しかしレグナスは聞き入れない。アトラスはどうやって丸く納めようか考えていたが、結局は好きにさせるしかないと思った。


「では始まるぞ。お前は何の遠慮もいらぬ。俺めがけて真っ向から切りつけてみよ」

「はい」


 結局周囲が止めるのも聞かず、打ち込み稽古が始まる。王子と正面から向かい合うと、なぜだか彼は昔のことを思い出していた。


(まだ殺しを知らない目だな。いつまでもこうであれば良いのだが。……そんなことを考えている場合ではないか。適当にやろう)


 アトラスの体は、レグナスより僅かに小さい。目線を少しだけ上げ、呼吸を確認しながら静かに前に出る。


 怪我をしても、怪我をさせても大事だ。彼はやんわりと、しかし手は抜いていないように調整しながら剣を振り下ろした。


(ん?)


 危ない瞬間だった。木剣が当たりかけたタイミングで、かろうじてレグナスは受けに成功していた。わざと防ぐのが遅れたのではなく、純粋に反応できなかったのだ。


 木剣がぶつかり合う音が響き、見守っていた子供たちが「わぁっ!」と無邪気に騒いだ。


(おかしいな。今の俺には、あの速さの振りはできないはず……ん?)


 アトラスは身体から妙な力が、じわじわと膨らんでくるのを感じていた。その力はどこか懐かしく、また嫌な気持ちにもなる不思議なもの。


 レグナスはといえば、想定してたよりずっと早く、ずっと力強い剣に動揺していた。


 二流貴族の息子と見くびっていたのに、自分が打たれかけてしまうなんて。彼の心に屈辱の色が浮かぶ。


「よし。なかなか良い動きじゃないか。では次は、俺から行くぞ」

「はい」


 ここで終わりにしよう、と王子と向かい合う男は考えた。防いだけれどもよろけてしまい、怖くなった姿を見せて溜飲を下げてもらう。


 彼には王子がどのタイミングで打ち込んでくるのか、自然と読めていた。そして読みどおりに、かつ想定していたとおりの速度で、喉元めがけて突きがくる。


 レグナスは自らの剣に自信を持っていた。喉のギリギリ手前で切先を止める、その程度のことならできると踏んでいる。


 しかし、自信と怒りに包まれた木剣の切先は、寸止めとなる距離までも近づけなかった。


 接近した瞬間、アトラスの体から何かが浮かび上がったような気がした。それは自分よりもずっと大きく禍々しい、真っ黒な体と赤い剣を手にした何か。


 レグナスの踏み込みが、中途半端な位置で止まってしまう。アトラスもこれは想定外であり、何よりレグナス自身が最も動揺していた。


「あ……ああ……」


 そして、木剣を持ったまま、王子は後ずさっていく。まるで化け物でも見ているかのように、見開かれた瞳には怯えすらあった。


 だが、レグナスは決して臆病ではない。あの幻影を目の当たりにして、腰を抜かさなかっただけでも彼は豪胆である。


 周囲の人々は、何が起こったのか分からず固まっている。これは相対したレグナスしか分からなかった。


「何をしておるか!」


 そしてこの時になって、国王やロージアン家が中庭にやってきたことにより、ようやくアトラスは王子から解放されたのである。


 どちらも怪我をしていないまま終了したので、大事にはならないだろう。そう兵士や教育係は安堵したものの、まだ解決したわけではない。彼らは王の怒りに触れ、右に左に走り回ることになる。


(まさか……戻ってきてるのか。前世の力が。いや、そんなはずは……)


 一方、騒ぎの渦中にいたアトラスは、体の奥から疼いてくる力に嫌な予感を覚えずにはいられなかった。


 そしてこの時から、グロウアス第一王子レグナスは、ロージアンのアトラスに執着するようになる。

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