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王都の広場で

 アトラスが王都へと馬を走らせている時、中央広場では王子の帰還を祝うための準備が進められていた。


 いつもより慌ただしい街並み。それをカフェのテラス席からぼんやりと眺めていたのはレオナであった。


 彼女は王子の帰還を祝う歌を披露するため、この場に呼ばれていたのである。


 周囲の人々の明るい笑顔とは対照的に、彼女の瞳はどこか暗い。話しかけられれば笑顔で応じるし、付き合いのある人々からは優しいと評判の彼女は、どこか影があった。


 そんな彼女のもとに、慌てた様子で一人の男が走ってきた。劇団員の同僚であり、今回の話を直接持ってきたのは彼だった。


「お待たせ! いやー、凄い騒ぎだね」

「こんにちは。わざわざすみません」

「早速だけど、王子が帰ってきた祝いの式について、こういう段取りでしようと思ってるんだ」


 男が渡してきたパンフレットに、レオナは隅々まで目を通した。ほぼ全ての内容は想像していたとおり。


 しかしある一部、本当に僅かにしか描かれていない箇所に、彼女の目が止まった。


「あの……鎧を着るって」

「え? どこ?」

「ここです。歌の前に、鎧を着ておくって……書いてあるんですけど」


 白い指先を目で追って、男は「ああ、それね」と軽く笑った。


「ほら、君が普段護身用で使ってる鎧、あれはとにかく見栄えが良いよね。今回の歌唱の時にさ、着て歌うのも良いんじゃないかって、式の責任者に相談したんだよ。そうしたら許可を貰えたってわけ」

「でも、あの鎧は」

「大丈夫だよ。兜を外せば失礼には当たらないよ。それに今、持ってきてるでしょ?」


 男はふと、彼女の胸元にあるペンダントに目をやる。そこにはエメラルドに似た魔石が付いていた。


 魔石の中には、護身用として手に入れた鎧が封印されている。劇団が世界を周る時、いつもこの鎧に助けられてきた。


 しかし、レオナは鎧を人に見せたくはない。だが、ここまで話を進められては断れないと、顔を俯かせていた。


「大丈夫大丈夫! 俺に任せておけば安心だから。じゃあ、そろそろ準備に、」

「失礼。もしや、ルーサー演劇団の方々でないかな?」


 同僚が話を切り上げようとした時だった。


 派手なロール付きのカツラをつけ、これ以上ないほどジャケットに金銀宝石を付けた男が、笑顔を顔に張り付かせてやってきたのだ。


「間違いない、いやぁ。このような偶然もあるのだね。この私を覚えているかな?」

「タイラン様! もちろん覚えてますよ。お久しぶりです」


 同僚が元気に返事をしたが、タイランは彼のほうを見ていない。


「実は大事な話があってね。僅かで構わん。今時間をもらっても?」


 言葉とは裏腹に、貴族風の男には拒否を許さない雰囲気が漂っていた。レオナは目前にいる男に、何か嫌なものを感じずにはいられない。


 ◇


(やはり、これ以上は分からないか)


 先にグロウアスに帰ってきたアトラスは、馬を降りて王都を見回した後、小さくため息を漏らした。


 王都にはそれこそ膨大な魔力反応が溢れており、レグナスを狙った矢の持ち主を探すのは困難だ。


(できる限りはした。後は王子達が戻り次第、報告して終わりにするしかない)


 彼はさっさと諦めると、すぐに次の目的を果たすべく動き出した。馬を返した後、広場の近くにある銅像へと向かい、人を待つことにする。


 約束の時間にはギリギリ間に合った。彼が像の前でぼうっとしていると、相手はいつの間にかやってきて、肩をつついてくる。


「本当に来てるー! でもめっちゃ鎧着てるし」

「着替える時間はなかった」

「マジで約束守ってくれたんだ。ありがと!」


 やってきのは私服姿のノアだ。アトラスはふと、彼女の服装を見て違和感を覚える。


(随分と華やかな格好だな。いつも休みはこんな格好なんだろうか)


 白く長いハットを被っており、女子らしくスカートを履いている。昔のノアなら考えられない変化である。


「じゃあ行こーぜ!」


 そこからは彼にとって一苦労であった。演劇に行ったと思えば買い物に付き合い、それが終われば流行りのレストランへ。


 彼にしてみれば慣れないことばかりだったが、それなりに楽しい時間ではあった。ただ、こうして遊んでみると、ノアが大きく変わっていたことに気付かされる。


 とにかくよく喋るのだ。底抜けに明るいことは変わらないが、流行りもよく知っているし、女子らしい趣味も沢山持っていた。


 そういった発見も面白かったのだが、レストランでの食事を終えた後、ノアは意外なことを質問してきた。


「あのさ。アトラスってさー、リリカのことどう思ってるの?」

「? 聖女だろう」

「そういうことじゃなくて!」

「どういうことか分からん」

「もー! じゃあ今はいいや。そろそろ式が始まるっしょ。行こーぜ」


 これまで流暢だったノアの口調が、少しだけぎこちなくなった。しかし、そういった変化に彼は鈍い。


 彼女が言っている式というのは、王子の帰還と勝利を祝う式のことである。アトラスより遅れて帰ってきた一部の騎士達より、おおよそ王子達が戻ってくる時間が知らされていた。


「あまり前に行くのはやめよう。俺は今も、暗殺未遂の犯人を探しているはずだからな」

「あ、そっかー! 確かにそのほうがいいかも。……あれ? なんだろ、あの人」


 グロウアスの広場の中心に、男が一人突っ立っている。


 その程度はよくあることだが、彼は周囲とは明らかに違う、異様なオーラを纏っていた。


 黒いローブに身を包み、何かをぶつぶつと語り続ける。


 アトラスはすぐに悟った。招かれざる者が、何かをしでかすつもりだと。

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