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行軍と遭遇

 王の日と呼ばれた休日の朝。グロウアス城内は誰もが慌ただしく駆け回っている。


 鎧を纏い、馬に乗った騎士達の中に、なぜかアトラスも混じっていた。それも、王子のすぐ近くときている。


(どうしてこんなことになったのか)


 彼としては、もう少し目立たない位置取りをしたかったのだが。


 ある程度準備が進むと、騎士達は城の正門近くにある平原へと移動した。規律の行き届いた姿は美しく、これから戦場に出向く覚悟も漂わせている。


 王子から聞いた話によると、今日現場に向かう騎士はなんと一万人に達しているという。


(千に一万をぶつけるとは。これでは相手が魔物といえど、負けようがないだろうな)


 グロウアスの王からすれば、王子の初陣に万が一があることは許せない。だからこそ、これほどの数を用意したのだろう。


 さらには、経験豊富な軍師や将軍まで同行させるという。これにはレグナスは渋っていたが、王が譲らなかったので聞き入れる他なかった。


 騎士達よりも数段高い正門側にただ一人立った王子は、周囲をじっくりと見渡した後、堂々とした態度で口を開いた。


「聞け、我らが王国の勇気ある騎士達よ。今日、我々に与えられた役目は重い。王国東部に位置する森林に、邪悪な魔物どもが数をなして蔓延っている。その数は千を超えるという報告を受けた。今のところ被害は報告されておらぬが、じきに魔物達は国民に害をなすであろう。余は、民を一人たりとて悲惨な目に遭わせることは許さぬ。汚らしい魔物など、一匹たりとも生かしては帰さぬ」


 王子の声には威厳が満ちていた。これが十六になろうという少年とは、アトラスにはとても思えないほどである。


(俺が十六の頃は……いや、やめておこう)


 自らの前々世を思い出し、彼はそっと記憶に蓋をした。


「魔物どもは我らの敵だ。そして今回の行為は、明らかに侵略である。ただの一匹も逃さず討伐せよ! 余もまた剣を抜く。グロウアスの誇りを、強さを、輝きを見せつけてやれ。グロウアスは永遠なり!」


 最後の言葉を、騎士達もまた叫んだ。士気の高さは充分すぎるほどである。一連の挨拶を、国王は満足げに見守り、背後に並ぶ他の王候補者達は無表情で見つめていた。


(あれは、他の候補者達か。随分と沢山いるようだが)


 以前城に招かれた時は、見なかった顔もちらほらある。第一王子が圧倒的に優勢とはいえ、恐らく次の椅子を狙っている者はいるはずだ。


 アトラスにすれば興味のないことだが、こうした静かな争いは何処でも起こっていた。ため息が出るほど醜くなることも、多々あったものだ。


(やはり関わりたくないな。とはいえ、どうしたものか)


 彼がぼんやりと考え事をしていた時、レグナスが騎士達の先頭に戻り、逞しい黒馬に跨った。いよいよ行軍が始まる。


 ◇


 実際に行軍が始まると、その速度は予想よりもずっと早かった。


 馬上のアトラスは、見渡す限り続く平原と、雲一つない青空に見惚れている。今のところ、魔物は影すら見当たらない。


 しかし、居心地は良いとはいえなかった。明らかに自分だけが場違いである。歴戦の将軍や軍師を周囲につけた王子の近くに、ただの同級生がいる。


 他には騎士しかいない。レグナスは特別に腕が立つ男だから、という理由で行軍に入れたということだが、当然反発もあったらしい。


 だが、そういった反発が起こると、むしろ彼は堂々とそれを叩き潰すのだ。口先の戦いでもレグナスは負けず嫌いである。


「アトラス。随分と退屈そうな顔をしているな」

「いえ、緊張をしているだけです」


 王子に話しかけられ、彼はただ無表情で返事をするのみ。周りの好奇の目が厄介であった。


「ほう、お前が緊張とは珍しいではないか。実戦は初めてではあるまい?」


 この時、レグナスは自然にかつての謎を解き明かそうと試みた。かつてラーナ島でマーマン達を倒したのは、アトラスのはずだという推理。その事実をまずははっきりさせようとした。


「村の外で魔物に追いかけられたりはしましたが、その程度のことです」

「ほう。それにしては練磨兵との戦いは慣れていたようだが」

「練習はよくしていました」

「では、実戦はいかほどか見せてもらうとしよう」


 あくまで堂々としていたが、レグナスからすれば歯痒かった。本来の彼の追求は、もっと切れ味が鋭くしつこい。


 ラーナ島の話を持ち出そうと思い立ったが、それを話せば周囲に、アトラスに強い関心を持っていることが伝わってしまう。特に軍師や将軍がいる前では、内容に気をつけねばならなかった。


 すでに周りでは、ただ親しげに話すだけでざわつきが起こっているほどだ。


(勘弁してくれ。話しかけられる度に小声で騒がれる)


 アトラスからすれば、迷惑でしかない。


 しかし、そのような時間も長くは続かなかった。行軍と休憩を繰り返し、午後の時間になろうかというところで、偵察兵が慌ただしくこちらへやってきたのである。


「魔物の群れです! あの森の向こうに大勢隠れています!」

「なに? それは誠か。王子!」


 軍師が鋭い声を上げると、レグナスは小さく頷いた。


「報告よりもかなり近くに来ているな。総員、戦闘準備!」

(おかしい。いくらなんでも近すぎる)


 確かに魔物の気配があるし、魔力も感じる。しかし妙だとアトラスは思う。


 あまりにも事前の報告より、敵の距離が近すぎる。もっと長い時間馬に揺られるものだと思っていたのに。


 しかし、現に魔物の群れは存在している。


 彼は強い疑念を胸に抱きながらも、背中に預けていた剣を抜いた。

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