表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
二度目の転生特典としてリセマラを繰り返した結果、最も楽な人生を送れるキャラに転生した……はずだった  作者: コータ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

33/51

動き出す闇

「素晴らしい。実に素晴らしい物語だったよ。君の演技は国宝ものだ」


 その男は、貴族がよくするロール付きのカツラを被り、これでもかと身体中に宝石や金品を纏っていた。


 すぐに演劇団の人々に歩み寄り、挨拶を交わしている。特にレオナにはしつこいほどに賛辞を述べている。劇団の面々はいずれも苦笑していた。


 しかし、ルーサー演劇団への反応とは違い、ロージアン家のことは完全に無視している。


(まさに成金という風体だが、この世界にもいるのか)


「ふん。何処の馬の骨か知らんが、無礼な男だわい。もう行こう」


 シェイドは挨拶をしようとしたが、あからさまに無視をされたので憤慨していた。貴族の振る舞いとしてありえないとばかりに、機嫌が悪くなっている。


「あはは、きっと劇のみんなに夢中になりすぎて、父上に気づかなかったんですよ」


 それとなく、イルが父上を宥めた。一家はその後夜食をともにし、僅かの間だが以前よりも多くを語り合った。


 長男が寮に帰るべき時間になっても、両親はなかなか解散しようとせず、イルが「そろそろ兄上は門限が」と伝えたことでようやく帰ることになった。


「最初は辛いかもしれんが、頑張れ。何度も言うが王子と同室になれたことは、最大の幸運だぞ」

「休みの日はいつでも帰ってらっしゃい」


 父はグロウアスの第一王子と同室になったことは、これ以上ない好機だと食事中も今も力説している。


 母は息子の身を案じているようで、体調や学園のみんなと上手くやれているか、そういったことが気になるようだった。


「ありがとうございます。では、今日はここで失礼します」


 一家の暖かい気持ちを受け取り、なんだか落ち着かない気持ちで長男は学園に帰って行った。


 ◇


 グロウアスの劇場からしばらく歩いた路地裏に、一軒の酒場があった。


 薄暗くいかにも怪しげなその店に、入ろうとする者はほとんどいない。そのような場所に、金品をいくらも身につけた鴨のような貴族が入店するなど、本当に珍しいことであった。


「いらっしゃ、ああ! タイラン様。お世話になってます」

「地下には誰もいないな?」

「へ、へい。あの、今日も何かお話をされるので?」

「そうだ。あいつ以外は誰も通すなよ。今日はもう店じまいにしろ」


 そう言い、彼は金貨を数枚カウンターに放り投げた。店主は慌てて金貨を拾い上げると、あいそ笑いを浮かべながら後頭部を掻いている。


「ありがとうございやす。そうしますわ」


 タイランと呼ばれた男は、先ほどアトラス達が見た貴族風の男である。面倒くさそうに階段を降りながらカツラを外すと、乱暴に置いてあったテーブルに投げつけた。


 そしてソファに寝そべり、ある者がやってくるのを待っている。数分とかからず、その男は現れた。


 髭を蓄えたその男は、蝋燭の火すらつけていない地下室にやってきて、困惑しつつ周囲を見渡している。


「タイラン様? いらっしゃいますかな」

「ここだ」


 髭の男は戸惑いながら、薄明かりに潜む影を見た。


「劇とやらを鑑賞していたよ。悪くはなかったな」

「左様でございますか。それはよろしゅうございました」

「良い知らせがあるのだろうな」

「は、はい!」


 タイランの冷たい声に、男は背筋が凍る思いをした。これまでマーセラスの暗殺に動き、失敗していた彼は、なんとしても今回の報告で株を上げる必要がある。


「マーセラスはどうやら本当に、剣聖としての力を失っているようです。いえ、その息吹がないと申しますか。このままでいけば、本当に平凡で取るに足らない男になることでしょう」

「その平凡で取るに足らぬ男を、お前たちはどうにもできずにいたがな」

「も、申し訳ございません」


 男は喉が渇き、喘ぐように話を続ける他なかった。


「とにかく、タイラン様。あなた様の邪魔ができる者は、もうこの地にも——否、世界中にすら存在しないと言って過言ではありませんぞ」

「お前の発言には重みが全くないな。……まあ良い、この私がわざわざグロウアスまで出向いた価値はあった。このような大きいだけの田舎にな。マーセラスの件はもう良い。しかし、奴がおかしな真似を始めるようなら、私に報告せよ」

「はい」


 タイランは怠そうな仕草で、テーブルの上に置かれていた蝋燭台を指差した。するといつの間にかぼんやりと、蝋燭に火が灯される。


 浮かび上がった刃の如き瞳を見て、髭の男は小さく震えた。


「生贄は見つかった」

「左様ですか。それは……一体どなたで」

「まだ秘密だ。しかし、すぐに分かる」

「……!?」


 髭の男が思わず後ずさった。タイランが座るソファを囲むように、部屋の端々に黒いローブ姿の何かが立っていたのだ。四つの影が、怪しく揺らめいている。


「お前達、いよいよ仕事だぞ。私の期待に応えることができるか」

「勿論でございます」


 影の一つが、しわがれた声で返事をする。


「では行くがよい」


 髭の男が怯える横で、ローブ姿の影達は一つずつ消えていった。


「タイラン様。本当に始められるのですか。その、神になる儀式とやらを」

「ああ、次は失敗せぬ。どうやら、邪魔をできる者もいないようだしな」


 男は上機嫌に酒を飲み、やがて立ち上がる。去り際に男の肩に手を置いた。


「よく学園に潜り込めたものだな。しかし油断はするなよ。何が起こるか分からぬのが、世の常であるぞ」

「は、はい」


 本来、この髭面の男は魔族として、全く違う役割で世界を窮地に追い込む運命であった。


 だが、奇妙な野心を持つ男が現れたことで、運命が強引に捻じ曲げられてしまう。


 本来あったはずのシナリオには、もう戻れない。


 ◇


 アトラスは学園の門を通り過ぎ、ようやく寮近くまで辿り着いていた。


 今更ながらに学園は広く複雑で、この時期でも迷子になる生徒がいるほどである。


(劇場からここまで歩くだけで、山でも超えた気分だ)


 常人離れした体力のおかげで疲れることはないが、ただ歩いていると本当に時間がかかる。


 もう夜更けになっていたので、王子とて流石に部屋に帰っているはず。いろいろと詮索されるのではないか? という面倒な予感がする。


 しかし、そう思っていると意外と無関心だったりするのが、彼にとってレグナスの不思議なところである。


 そんなことを考え、寮に入ろうかという時だった。


(ん? あれは……)


 寮から少し離れた道沿いで、周りを見渡しながらウロウロとしている人影を見つけた。


 気になって近づいてみると、街頭の灯りに照らされた金髪が目にとまった。間違いなく見覚えがある。


「女子寮なら、こっちではないぞ」

「……え?」

「向こうだ。道を間違えている」

「あ、あっち?」

(迷子か。もう遅い時間になってしまったのは同じだし、案内するか)


 彼女は劇場で主演を務めていたレオナであった。


 困っている様子だったので、アトラスは彼女を女子寮まで案内することにした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ