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かつてない変化

 漆黒の巨体が、予想を上回る速度で突撃してくる。


 様子見という作戦ではなかったらしく、まるで獣のようにレグナスに襲いかかっていた。


 先手を許した側は、特に涼しい顔のままである。至近距離に迫ってきた矢先、王子の長身が左右にぶれたように映った。


 彼は一瞬だけ右に避ける素振りをした後、実際には左側に移動している。僅かだが反応が遅れる漆黒のゴーレム。その僅かが、王子にとっては充分な隙であった。


 すれ違い様に白刃が光る。


「うはー! はっや!」


 思わずノアが声に出すほど、それは見事な剣の冴えであった。二度、三度と切りつけられた体には、うっすらと傷跡が浮かんでいる。アトラスはその傷を注意深く見つめていた。


 しかし、黒ゴーレムもやられっぱなしではない。攻撃を貰いながらも、間合いを詰めることに成功している。


 気がつけばレグナスは、闘技場の隅に詰められつつあった。そのままゆっくりと近づきながら、両手を広げる姿勢を取る。


「急所をやられる前提か。そのような手に出る魔物がいるとは思えんが」


 レグナスは未だ動揺していなかった。長い練習により、追い詰められた対処についてもいくつか覚えている。


 軽口を叩いた後、すぐに彼は動いた。今度は自ら敵に迫っていく。ゴーレムはすぐさま応じた。


 二つの影が接触した瞬間は、まるで火花が散ったようだった。気がつけばレグナスは闘技場の広い場を確保し、ゴーレムは逆に壁に追い詰められた形になっている。


 アトラスの目には、王子が一度剣を振り下ろし、直後に床を滑走して股の間をすり抜けたのが分かった。


(勝つためには、案外泥臭い方法も選ぶわけか)


 この選択は意外に感じられた。ゴーレムが振り向いた直後、間髪入れずに容赦のない剣撃を見舞う。


 王子について来たクラスメイト二人は、彼の活躍に盛大な歓声を贈っている。


 だが同等に強いゴーレムは倒れることも崩れることもなく、渾身の一撃を見舞うべく拳を振るった。


 王子はギリギリのところでかわしたが、この時初めて顔に汗が浮かぶ。


「ふむ。やはり最新式は違う。だが余も——」

「そこまで!」


 これからだ、と言わんばかりの時であった。審判を務める教師が叫び、ゴーレムは動きを止める。マーセラスは「え?」と分かりやすく驚いていた。


「なぜ止める? 練習はこれからだ」

「剣を見なさい。もうそれは使えない」


 ふと、彼は手にしていた剣を目にする。すでにいくつものヒビが入り、壊れる寸前であった。


 練習用として何度も使っていたことで、すでに限界が来ていたのだ。王子は残念そうに首を横に振り、客席へと戻っていった。


「日頃の確認がおそろかであった。これは余の落ち度であるな」

「勉強になりました。では、この辺りで帰りましょう」

「いや、待て。次はお前の番だぞ」

「……は?」


 アトラスは意味が分からず固まった。


「体を動かそうと誘ったであろう? 余だけが楽しむような無粋な真似はせぬ。お前の分も予約してある」


 確かにそう誘われたが、まさかこのゴーレムと自分が戦うとは思っていなかった。不適な笑みを浮かべる王子を前にして、彼は明らかに引いている。


 こんな練習に付き合う得など、アトラスにはなかった。むしろ損しか浮かばないほどだ。


「王子とあれだけ戦うゴーレムを、私が相手にできるはずがありません」

「いいじゃん! 練習だし! みたい! アトラスが戦うとこ見たい!」


 すると横から、ノアがしゃしゃり出た。面倒なことを言うな、と彼は分かりやすく苦い顔をする。


「本当に危なくなったら、ゴーレムは加減してくれるんだ。だから、挑戦するのも良い経験だと思うよ」


 続いてマーセラスの援護が入った。王子の笑みがさらに深まる。


「これだけ期待されているぞ。貴族たるもの、応えなくては家の名がすたるな」

「しかし、剣がありません」

「君が次の挑戦者かい? 剣がないなら大丈夫だ。予備のものがある」


 すると、審判役の教師が寄ってきて、一本の白い剣を渡してきた。彼はため息を漏らすしかない。


「すぐ負けるとは思いますが」

「構わぬ。どのような戦いを見せるか、余は興味がある」

(……まさか、以前のことをまだ根に持ってはいないだろうな)


 再会した時は特に気にしているようでもなかったが、何かアトラスは引っかかるものを感じた。


「がんばれー! アトラスー!」


 ノアが能天気に応戦する声が響く中、彼はようやく闘技場に立った。


「黒のままでは、俺に不相応だぞ。もう少し弱い色に戻ったらどうだ?」


 そう疲れた声でゴーレムに話しかけた時、まるで応えたかのように変化が起きる。


 瞳に輝きを取り戻したゴーレムの全身が、異様に光り出したのだ。


 レグナスは当初こそ余裕を持って見つめていたが、変化が進むほどに顔色を変えた。


「あれは……なんだ。何の色だ」


 続いて審判役の教師が、絶句したまま固まった。これまで長い間ゴーレムの変化を見つめてきた彼にとって、初めての兆候である。


「やめろ。面倒だぞ」


 アトラスは嫌な予感に駆られる。


 ゴーレムは彼の強さに合わせようと、未だかつてない色をその身に宿していった。


 これまで最強設定と呼ばれた、黒を超える力を得るために。

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