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王子との出会い

 それからしばらくの間、彼はこれまでの経緯を忘れることになった。


 天使の話どおりに転生し、しばらくは普通に成長した。侯爵家ロージアンのアトラスとして。


 赤ん坊になってから五年ほど経過し、あるとき彼はようやく思い出した。


 天使とのあれこれ、前世と前々世の記憶。貴族家のパーティーに招かれ、庭で同年代の子供達と遊んでいる最中だった。


「これは拷問だな」


 もし自分が今の知能のまま、子供に戻ったらどんなに楽しいだろう。そんな想像をしたことが彼にはある。


 きっと誰しもあるかもしれないそんな空想も、現実になると大変なことばかりだ。


 同年代の子供達は、彼からすれば戯言ばかりで、つまらない遊びにも付き合わされたりする。


 こういった苦労は、前回の転生ではなかった。前世は憑依転生であり、唐突に違う人生を生きることになったからだ。


「アトラ君、どうしたの? おままごとしないの」

「ああ、やるか」


 パーティーが終わった数日後、町の公園でぼうっとしていると、女子の友達が人形を片手に話しかけてきた。勘弁してくれと思いつつ、女の子がするような遊びに混ざる。


 ちなみに、彼は本名を少し省略してアトラと呼ばれることがほとんどであった。


 やけに満足してくれたので、まあ良しとしたが、どうしても慣れない。


「アトラ! 玉蹴りをしよう。君は僕の軍団に入れっ」

「分かった」


 ある時はサッカーのような遊びに誘われた。これは楽しかったが、ちょっとしたことで男の子同士は喧嘩になる。取っ組み合いが始まると仲裁するのが大変だった。


「ぼっちゃま、お勉強の時間ですよ」

「もう覚えたよ、歴史は」


 六歳になった頃、家庭教師が家にやってくるようになる。この世界では十五歳から学園に入れるのだが、それまでは自分達で勉強をするしかない。


 かつて過ごした日本と比較すると、まだ整っていないことが多分にある世界だ。しかも、自分はこの世界のことをほぼ知らない。


 だが、彼は未知の世界の常識を知ることに、苦労はしなかった。


 異世界の言語や文化は、珍しいものではあったけれど、一度前世で経験があったせいか覚えるのが早い。


 アトラスが読み書きを習得するのはあっという間だった。


(生まれてたった六年の体というのは、記憶力が本当に良い。しかも回復力も相当にある。こういうものだったか)


 心は四十代の彼にとって、子供の体は新鮮な発見に満ちていた。友人も普通に作っていき、周囲の人々は彼にとても優しかった。


 これは本来のアトラスではあり得ないことだった。長男でありながら優秀な弟に追い抜かれ、劣等感を早くから抱いた子供は、そのまま歪んだ成長を遂げるはずだった。


 しかし、二度の転生をした男にとっては、どうでも良いことである。


 ただ、あまり目立ちすぎてはいけない。それだけは気をつけていた。前世では英雄などともてはやされたが、彼はあんなに大変な生き方はもう嫌なのだ。


 この人生ならあるいは、ずっと楽に生きれるかもしれない。年が経つほどに、心の中にある期待は膨らんでくる。


 だが、彼が七歳の誕生日を迎えたあたりから、明らかに周囲の態度が変わり始めた。


 ある日、ロージアン家は両親と兄弟が総出で城に向かうことになった。


 誰もが普段とは違う貴族としての正装を身に纏い、幼いアトラスに至ってもそれは例外ではない。


 白と金で彩られた馬車で向かった先にあったのは、ここイレイナ大陸の中心に位置する存在が住む城であった。


 グロウアスという国家の中心であるその城は、アトラスから見てそれなりに立派なものだった。


 だが、あまり良い予感はない。城に入るまで、王都の並外れた人の多さを馬車の中から眺めては、静かに嘆息していた。


 前々世、日本で暮らしていた記憶がなんとなく蘇ってしまう。馬車から降りて城内へと進む間も、彼にとってはさして感動がなかった。


 城というものは、前世で嫌というほど見ていたからである。立派な城であることは認めるが、予想を超えるほどではない。


 しかし、謁見の間に入った時に見た国王や大臣は、なるほど大国を支配するだけの格があると感じた。


 どうやら三ヶ月後に、建国祭というものが開かれるらしい。しかもロージアン家が中心となって催しを計画しているとか。


 この役回りは一年毎に有力な貴族間で交代して行われるらしく、両親はいつになく気合いが入っていたことを思い出す。


(恐らく、信頼していると同時に、忠誠を試しているのかな)


 グロウアスには、現在のところ十の公爵家と二十の侯爵家がいる。それぞれが王家より領地と民を任され、軍事力もそれぞれの家が所有を許されていた。


 表向き王家と三十の上位貴族はまとまってはいるが、反乱や革命はいつの世も起こり得るもの。


 そうした兆しがないか、裏切りがないか……グロウアスという国家は常に監視を徹底していた。


 一見するとただの催しにしか見えない祭りも、裏切り者を炙り出す罠として使われることがある。


 国王と父の謁見を目にしながら、アトラスは早く家に帰りたい一心だった。


(やっぱりお偉いさんの世界は面倒だ。俺はこういう役はごめんだ)


 大人になったら早々に隠居しよう。そんなことを考えているうちに祭りの会議や準備が始まることになり、アトラスを含めた子供達は外に出された。


 城内の広間で待たされている時、他の子供達ははしゃぎ回って兵士達を困らせたが、彼はただじっとしている。


 そんな彼を珍しがったのか、王族の住む階層から降りてきた一人の少年が、真っ直ぐに歩み寄ってきた。


「お前、なんでそこでじっとしているんだ? なぜ他の者と遊ばないのだ?」


 少年とアトラスは同い年だった。白地に金枠のジャケット、革靴も上等なものを履いている。


 王室から降りてきたという時点で、彼は王の子息であり、僅かでも失礼があれば家に迷惑をかけてしまう。面倒だと思いつつ、アトラスは微笑を浮かべながら答えた。


「特に意味はありません。ぼーっとしていると、よく周りからは言われます」

「この激動の時代に、そんなことでやっていけると思うのか。お前、名前は?」

「アトラス・フォン・ロージアンです」

「ああ、今回の祭りを任されている侯爵家か。お前は跡取りか」

「いいえ。多分僕は跡取りにはなれません。弟が継ぐでしょう」


 少年の顔がこの一言で怒りに染まった。アトラスにとっては意外な展開であった。


「お前は長男でありながら、家を継ぐことを諦めるというのか。軟弱者となじられても良いというか」

「家を継ぐ以外にも、道はあると思っています。と言いますか、ぼんやりとしか考えたことがありませんでした」


 面倒だな、とアトラスは愚痴をこぼしたくなる。しかしまだ見た目は子供なので、適当な考えをしている呆け者で通そうとした。


「何の大望も抱いていないというのか」

「考えたこともありませんでした」

「ぬるい! 貴様の半端で甘い考え、このレグナスが正してくれる! ついてこい」


 この時、周囲は大騒ぎになってしまう。


 少年の名はレグナス・ツー・グロウアス。後のグロウアス国王であった。


 実は転生ガチャの際、最初に候補として出現したのは彼であったのだが、もうアトラスは覚えていなかった。

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