意外なルームメイト
学園内に用意されていたカフェは、アトラスが住むロージアン寮にあるどの店よりも立派だった。
そして何より広々としている。以前より感じていたことだが、王都は何にしても大きく、広々とした作りで息苦しさなど全くない。
百名以上はゆうに来店しているようだが、相席になることはなさそうなほど、ゆったりとしていた。
「あれから俺、すっごく強い師匠に弟子入りしてさ。それでこの前、ようやく免許皆伝だって認めてくれたんだっ」
「ほう。随分と腕を上げたようで何よりだ」
「でもさー。どうしてアトラスは戦闘学科じゃないの? っていうか魔法使えたっけ?」
彼は苦笑するしかなかった。説明も面倒だったが、テーブルの上に白い鞘に包まれたナイフを出して見せる。
「こいつのせいだ」
「あ、それって……そっかー! じゃあ守護者なんだ。すげー!」
店員が持ってきたケーキを食べながら、ノアはキラキラした瞳でナイフを見つめている。
「さすがは俺が見込んだ男だな、アトラスは」
「買い被りだ」
「合格祝い上げる。はい、あーん」
「いや、必要な……」
突然フォークが刺さったケーキを口元に持ってこられ、彼は固まる。一体何をさせようというのか。
「俺は甘いものは苦手でな」
「なーんだ。残念」
少々驚いたが、すぐにアトラスは平静を取り戻した。しかし、改めて見ると彼女は随分と変わっている。
たしかに赤髪のショートカットという点は変わっていないが、今は少年らしさは随分と抜けていた。その代わりに、少女らしい可憐さがふんわりと外に出ている。
(明るいし綺麗だしで、ノアは楽しい学園生活になるだろうな)
学生時代といえば、友情に恋愛に、学業にスポーツにと、あらゆることに突き進む時期である。
前々世でのアトラスは、そのどれもを積極的にやろうとしなかった。その頃に後悔がないといえば嘘になる。
だが、前世であまりに途方もない殺し合いを続けた末、どうにもかつての青春への想いが薄れていった。異常な極限状態が続いたことで、何かが壊れてしまったと自分で思っている。
ぼんやりと考え事をしているアトラスに、なぜかノアは一層顔を近づけた。
「ってかさ、今度勝負しない?」
「なんの勝負だ?」
「これだよ、これ」
グッと拳法家とは思えない綺麗な拳を見えるノア。
「素手ではお前に敵わないだろ」
「ううん。アトラスは剣でいいよ。だってグロウアスじゃあ、武術大会をしてるんだ。出ないほうが損だろ」
(呆れた自信だな)
紅茶を飲み干した後、彼は席を立った。
「気が向いたらな」
「えー! やろーぜ。じゃあまたな。これからよろしく!」
「ああ、よろしく」
まさかこんな再会をするなんて。去り際の彼女は以前と根本的には変わっていないようで、勝負を挑まれた時はなぜか安心した。
まさかたった一日で、これだけ多くの再会をすることになるとは。少々驚いてしまったが、とにかく入学初日はこれで終わりだろう。
そう彼は思っていたようだが、この日は予想以上に長い一日だったらしい。
ようやく貰った地図を見ながら辿り着いた寮を見上げて、アトラスは嘆息する。
(寮までがこんなにも大きいのか。ロージアン邸より広いぞ)
部屋は相当数あるらしいのだが、新入生は一人部屋というわけにはいかない。
どうやら普通科の一年生と同室になるということだった。彼にしてみれば、相手は誰でもいい。
部屋番号は503号室。階段を上り切った先で、すでに目的のネームプレートが目に入った。
「失礼する」
既に同室の男がいるかもしれない。そう思いノックをして中に入ったが、どうやらまだいない様子だった。
ベッド、ソファにテーブルに本棚、クローゼットに小さなロッカーと、最低限必要なものが揃えられている。
ただ、この部屋は相当に広々としており、なぜか相方のほうが初めから多くの面積を占めているかのような作りになっている。
(妙だな。まさか同室は公爵家の後継ぎか?)
もし公爵家の新入生というなら、自分よりも広い場所を確保しているのは納得できる。だが、もしかしたら適当に場所を決められているかもしれない。
(どちらでもいいか)
どの道、三年もすれば出ていく。または途中で部屋を変えることもあるかもしれない。窮屈な思いをしようとも、たった三年と考えればどうということはなかった。
魂の年齢はとうに少年を過ぎている彼にとって、三年という時間はあっという間である。
だから楽観的な気持ちでいたのだったが。ふと部屋をノックする音がした。
「どうぞ」
応じてみると、ドアは静かに開かれ、奥から忘れようもない尊大なオーラが溢れ出してきた。
「まずは自己紹介を、というところだが、余のことは知っていよう。お前は——」
一人称は以前と変わり、より大きな風格を感じる。間違いなく知っている顔である。
(嘘だろう……)
アトラスは頭を抱えたくなった。部屋に入ってきたのは、今日新入生挨拶で見たばかりの第一王子、レグナスだったからだ。
しかしこの時、強い衝撃を受けたのはむしろ、王子のほうであった。




