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もう一つの再会

(随分と立派な男になったものだ)


 その男を目にした時、アトラスは素直にそう評価した。


 かつて幼かった頃、傲慢さばかりが見えた男は今、獅子のような風格を持って式の場に立っている。


「春の暖かな風が吹く今日、私達はグロウアス王立学園に入学します。このような盛大な催しを開いてくださったことに感謝しております。全新入生を代表し、ここでお礼を申し上げます」


 レグナスはよくある新入生の挨拶を始めた。それは強い自我の持ち主とは思えない、謙虚な挨拶の始まり。


 その後もしばらくは、ほぼお決まりどおりの言葉を並べるのみであったが、終わりの挨拶手前になって、ふと彼の口が止まる。


 この時、レグナスはようやく見つけていた。自分をかつて恐怖させた男を。そして、大いに戸惑っていたのである。


(アトラス……やはりいたか。なぜ、一体なぜあやつは魔法学科などにいるのだ?)


 だが、そのような間など無かったとばかりに、自然体で王子は挨拶を続けた。


「古き伝統のある王立学園生徒として、私達は恥ずかしくない、誇り高い覚悟で毎日を過ごして参ります。そして学園の歴史に残る、先代の国王ですら果たせなかった偉業を、必ずや成し遂げることを約束いたしましょう。先生方、どうか温かいご指導をよろしくお願いいたします。以上を持って、新入生の挨拶とさせていただきます」


 この時、周囲が大きくざわめいた。教師達は慌ててしまい、側から眺めていた国王は不敵に笑っている。


 王が認めていると見るや、周囲は遅れて喝采の雨を王子に送っている。


 なぜレグナスは、先代の国王を挨拶に出したのか。実は先代は、グロウアス王立学園出身であり、かつて天才の名をほしいままにした男だった。


 あらゆる学業の分野で未開の領域に到達し、彼より優れた存在など現れないだろう、とさえ称された人物である。


 その男を超えると、レグナスは堂々と宣言してしまったのだ。このような話は、無論教師達は聞いていない。


 大きな問題になりかねない発言だが、王子はあくまで強気に言い切ってしまった。事実、彼は本当にかつての天才を超えるつもりでいる。


 アトラスはその挨拶が面白くなかった。


(先代国王とやらを超えるのは好きにしてほしいが、あれでは俺たちも巻き添えではないか?)


 自分たちまで同じ目で見られてはたまらないと、サボりがちな男は考えてしまう。


 その後、在校生や校長の挨拶などが行われたが、至って普通の内容であった。だが、この後に一つ変わったことが行われた。


「ただいまより、もう一人の新入生代表による、伝統歌の歌唱が行われます」


 伝統歌と言うのは、学園というよりもグロウアスという地方に古くから伝わる歌である。


 祭りの際にも歌われるし、あらゆるところで耳にすることがある、最も親しまれている歌だが、ここでも披露されるとは思わなかった。


 壇上に上がってきた新入生を目にした途端、周囲から歓声が溢れる。


「レオナだ」

「嘘、レオナよ」

「あのレオナが入学してきたんだ」

「凄いわ」

「これは大変なことだぞ」


 小声がアトラスの耳にも入ってくる。教師達は急いで周囲に注意していたが、彼ら彼女らはみな興奮状態にあった。


(有名なのか? 今度イルに聞いてみるか)


 しかし、アトラスは全く知らなかった。その少女は長い金髪と紫色に輝く切長の瞳を持ち、肌は雪のように白く透き通っていた。


 彼女は演劇界に流星の如く現れ、今やグロウアスのみならず世界中から注目を集める天才である。


 この時、自分よりも大きな喝采を浴びている姿を見て、レグナスは内心苛立ちを募らせた。


 だが彼女の歌声を聴くにつれ、徐々に感情が別方向に揺り動かされていくのを感じた。


 まるで天からの声でも聞いているかのような、不思議と温かく美しい声。誰もが聞き惚れてしまい、先ほどまでの雰囲気が塗り替えられていく。


 歌が終わった時、数秒ほどしてから大きな拍手喝采が贈られていった。アトラスもこの歌には拍手をしてしまう。それほど感情を揺さぶられたのだ。


(学園のことはよく知らないが、今年の新入生は大物ばかりではないか?)


 まるで他人事のように彼は思っていた。


 式が終わるなり、教室に戻ると簡単な自己紹介をすることになった。アトラスは適当に説明を終えると、後はただぼうっとして過ごしていた。


 一通りの予定が終わり、さっさと寮に行ってみようと思っていた。しかしその予定は順調には進まない。廊下を歩いていた時、ふと背後から声をかけられた。


「アトラス! アトラスじゃん!」

「ん?」


 振り返ると、ショートカットの赤髪をした女子が手を振りながら駆けてきた。しかし、彼の記憶にの接点は見つからない。


「やっぱりアトラスだ。元気してた? 俺、あれからもけっこう転々としててさ。でもようやく落ち着いたから、学園に通ってみることにしたんだ。こっちの腕も、すっごく上がってるよ」


 グッと拳を突き出して見せるその仕草で、アトラスはハッとした。


「もしかして、ノアか?」

「うん! あれ、気づかなかったのか?」

「……お前、女だったのか」

「……は? なんだよそれ、気づいてなかったのかよ! うわーひど。傷いたんだけど」


 彼女は数年前まで、たまに近所で遊んでいた拳法家のノアだった。しかし、アトラスは彼女のことをずっと男だと思っていたので、ここにきて新たな衝撃を受けている。


「めっちゃ傷ついたから、スイーツ奢ってよ! ほら、早く」

「いや、まあ……ああ」


 失言のせいで、彼は寮に行く前に奢らされることになってしまうのだった。

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