入学式
アトラスにとって、子供時代であっても時の流れは早かった。
いつしか少年は成長し、とうとう十五歳の誕生日を迎え、さらに少しだけ日々が流れた。
この間、彼はやはり最低限の勉学や習い事をこなすだけで、呆けを貫く姿勢は変わっていない。
そして気がつけば彼は、両親と弟とともにグロウアス王立学園の入学式の日を迎えていた。
(本来なら、俺はここで随分と威張り散らすようだが。それこそ面倒なことだ)
正門前に到着すると、長身と表現して差し支えのない体格になった彼に、弟が笑いかけていた。
「兄上、よくお似合いですよ。それにしてもやはり学園は素晴らしいですね。僕も早く生徒になりたいものです」
「お前なら、すぐになれるだろうな。先にどんなものか見ておくさ」
イルは十三歳となり、以前の子供っぽさが抜けてきた。しかしまだ、アトラスの目から見れば半分は子供である。
正門前で一旦別れることになった弟は、兄の姿を誇らしげに目に焼き付けていた。王立学園は寮制であり、しばらく一緒に暮らすことはない。
まず入学式というのは、ただの顔見せ程度である。しかし、最初の出会いが今後の生活に大きな影響を及ぼすことを、新入生達はよく知っていた。
式が始まる前に、生徒達はまず教室に行かなくてはならない。アトラスはこれから自分が通うことになる、【1-魔法学】という教室のプレートを見上げた。
(やっぱり、中身がおっさんの俺が生徒になるというのは、どうも恥ずかしい)
でも、少ししたら慣れるかもしれない。不透明な今後を思いつつ、彼はとりあえず自分の席に腰を下ろした。
教室はまるで大学のように、教壇から少しずつ席が高くなるように作られている。アトラスの席は一番後ろから二番目で、窓際だった。教室は一階にあり、グラウンドがよく見える位置である。
生徒の数は一クラスにつき五十名。すでに何名かが交流をしているようだった。もしかしたら同じ地方出身だったりするのだろうか、とアトラスはぼんやり考えていた。
自分はこの中では空気みたいなものだろう。そう思っていた矢先のこと、教室のドアが開かれ、銀髪の美しい女生徒が現れた。
すると、周囲が一気にざわつき、誰もが彼女に目を奪われる。アトラスもまた、彼女をじっと見つめてしまうほどであった。
聖女リリカは、周囲にやんわりと挨拶をした後、軽やかな足取りのままこちらにやってくる。
目が合うと、聖女は静かに微笑んだ。
「久しぶり……元気だった?」
「ああ。何も変わりはない。そっちはどうだ?」
「私は少し、楽しい気分」
言葉足らずで分かりにくい表現だが、それがリリカなのだろう。アトラスは腰に今も下げている白い鞘を指差した。
「口下手なようだが、こいつについてはもう少し説明が欲しかったぞ」
「ごめんね。でも、断られなくて良かった」
そう言い残し、銀髪の美女はアトラスの後ろの席に座る。少しだけ嘆息したくなる彼の耳に、今度は騒々しい足音が聞こえてきた。
「はあ、はあ! 良かった。間に合った」
急いで教室の中にやってきたのは、剣聖になるはずの男。そして聖女のもう一人の守護者であるマーセラスだった。彼も腰にアトラスと同じナイフを下げている。
「あ! 君は、アトラスじゃないか。久しぶりだね」
「立派な体格になったな。記憶は戻ったか?」
「いや、実はまだ戻ってないんだ。でも、島では良くしてもらってるし、ここにも入学できたし、元気にやれてるよ。これからよろしく」
「ああ、こちらこそよろしくな」
マーセラスはそう言い残すと、廊下側にある席に向かっていった。少しして担任の先生がやってくると、初めてのHRが開始された。
簡単な説明がされた後、生徒達は入学式の会場である体育館へと向かう。アトラスは、一度見学した時を懐かしく思い出していた。
しかし、入学式の盛大さは彼の予想を大きく超えている。音楽隊はなんとグロウアスの王宮から派遣されており、現役の騎士達も周囲を囲んでいた。
前々世、日本の高校生だった時の入学式とは、明らかにスケールが違いすぎる。アトラスは一見無表情だったが、ただただ驚いていた。
親達の席にも、沢山の著名な貴族達が肩を並べている。驚くべきことに、グロウアスの国王一行までもが参加していた。
もしこの場で不敬なことがあったり、目に余る何かが見られれば、学園の教師達は大変なことになるだろう。よく見れば教師や学園関係者は、側から見ても良くわかるくらいに緊張しきっている。
アトラスが大人の大変さに同情していると、いよいよ入学式が始まった。国の祭典さながらの規模で行われるそれは、もはや彼にはわけが分からない。
校長の挨拶なども流暢かつ壮大な語り口であり、生徒達への歓迎や応援の気持ちがいかに高いかを主張しているようだった。
他の関係者の挨拶はどこか固く、式が重々しい空気に包まれる。
(早く終わってくれないかな。寮とやらに行って休みたい)
アトラスは徐々に強くなる睡魔と戦っていた。そんな頃合いに、入学生代表挨拶として、一人の男が登壇する。
(……あれは……)
珍しい縁もあるものだと、彼は思わずにはいられない。同時に、なぜ国王までもが式に参加していたか理解できた。
代表として登壇したのは、グロウアス第一王子であるレグナスであった。




