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地獄の剣と悪魔の鎧

「私はまだ、試験を受けてもいませんが」


 アトラスは当たり前のことを言い、父は戸惑いながらも首肯する。


「ああ、だがお前には、既に資格がある。特別に免除されるらしい。まったく驚いたぞ。このような例はワシも初めてだ」

「やったじゃん! ところでお兄ちゃんは何科なの?」

「うむ。実はな、魔法学科に入学してほしい、という推薦を受けている」


 意外な返答に、兄弟は一瞬固まってしまう。


「ええー! なんでなんで?」

「今回の件だが、推薦したのはグロウアスの聖女、及びグロウアス正教会そのものだ。教会はグロウアスでも大きな権限を有している。聖女が魔法学科に入りたいという希望を出しており、だから守護者としてのアトラスも魔法学科……と伝えられたのだが」


 ここで父は腕組みをして、首を傾げた。


「守護者というのは意味が分からん。一体なんの話じゃろうな」

「どうやら、これのようです」


 そう言い、アトラスは白い鞘に収められたナイフを見せた。実は今まで、両親にはこのナイフを見せずにいたのだ。


 すると、父が分かりやすく驚きの表情へと変わっていく。


「なんと! それは聖女の守護者を意味するナイフではないか。お前、一体いつの間にそれを貰っていた?」

「あのラーナ島に行った時だよ」


 イルが口添えすると、シェイドはようやく合点がいったらしく、授けられたナイフについての意味を教えてくれた。


 グロウアスにとって、聖なる魔法の才能に溢れた乙女、よく聖女と称される存在はまことに特別であった。


 聖女一人が国の平安を左右するという言い伝えもあり、正教会では代々、彼女達の守護者としての存在を得ることにしている。


 ナイフは二つ聖女に貸し与えられ、最も信頼できると感じた二人にだけ渡すことができる。


 受け取った者は、聖女が窮地に陥った時、必ず守護しなくてはいけない。しかしその反面、正教会は守護者を何よりも優遇するというしきたりがある。


 シェイドの口から語られる話が終わりに近づくにつれ、アトラスは頭を抱えた。


(なんてことだ。あのナイフには、そんな面倒な意味があったのか)


 熱く説明を終えた父は、項垂れた顔の息子の両肩に手を置いた。


「と、いうことだ。これは確かに喜ばしいことであり、侯爵家の繁栄としては願ってもない。まあどうしても嫌だというなら、無理強いまでする権限はなかろう。申し出を断り、試験を受けて普通科に入るという選択肢もあるぞ」


 顔を上げた息子の顔には、迷いの色があった。


「この際、どちらもなしという道は?」

「えー! なんで?」

「ダメだ。お前の意思がどうあれ、学園はちゃんと卒業してもらう。流石に親として恥ずかしいぞ」

(そうだろうな)


 当たり前の反応だと、アトラスも思う。しかし彼にとっては、このまま魔法学科に入るのも、聖女の願いを蹴って普通科に入るのも、なんとなく面倒な気がした。


 少しの間、彼には進路を選ぶ時間が与えられた。しかし時間は、そう待ってはくれない。


 二週間という期限を貰っていたが、答えを出す日が明日に迫っていた時、彼は適当に街をぶらついていた。


 そして一人で喫茶店に行き、ぼんやりテラス席で街並みを眺めている。アトラスはこの辺りではいつものんびり過ごしていることで有名であった。


(よくよく考えてみれば、守らなければいけないことなど、そうはないだろうな)


 魔物の脅威が膨らんでいるとはいえ、今のところグロウアスの王都や周辺は平和であった。


(しかし、リリカがもし旅をすることになったら? いや、その時は俺も、何かしら理由をつけて断るか)


 そんなことを考えている時だった。ふと彼の目に、カフェの壁に飾られていた一枚の絵が目にとまる。


 白い法衣を纏った女が、背を向けて森の中へと歩いていく絵である。女の手にはナイフが握られていて、後ろには呼び止めようとしているような男がいる。


 店員が紅茶を運んできたので、お礼ついでに質問してみた。


「あの絵はなんだ?」

「あちらはかつての聖女、エリンシアさまの絵ですよ。一度守護者として認定した男性に失望し、ナイフを奪い取って帰っていく姿を描いたものなんです」

「ほう」


 そんな光景がなぜ絵画になるのだろう、と彼は疑問に思った。しかしエリンシアは、その一つ一つの仕草でさえ、幾つもの伝説になった大聖女である。


 波瀾万丈な彼女の人生には、こうした行動もあったという。


(そうか。俺があまり役に立たないとわかれば、リリカのほうから守護の役割を奪うわけか)


 しかも魔法学といえば、アトラスは一見すれば魔力が分からない特殊な存在だ。劣等生として見られれば、特にその後がんばる必要もないのではないか。


 だったら、普通科より魔法学科のほうが良いか。


 誰かが知れば呆れるに違いない、碌でもない結論を彼は見出していた。


 ◇


 ようやく進路を決めたアトラスは、その日は気分よく眠りについた。


 しかし、またしても前世の夢を見てしまう。彼の嫌いな夢であった。


 気がつけばいつもより早く目が覚めてしまう。まだ誰も起きてはいない。


「まったく。どうしてこのような夢ばかり……」


 不快な気持ちで目を覚ました時、ふと違和感があった。


「ん?」


 右手に何かが握られている。


 その何かを確認すべく目の前に持ってきたところ、見覚えのある赤い剣身が顔を覗かせた。


「なんだと」


 アトラスは飛び起きるようにして、唐突に現れた魔剣を凝視した。間違いなく、ヘルサーベルそのものだ。


「なぜお前がここに……まさか」


 もしかしたら。アトラスは嫌な予感に駆られる。


 自分は前世の力をなぜか引き継いで転生してしまった。ということは、前世で扱った呪いの武具達もまた、呼び寄せることができるのではないか。


 試しに前世で使っていた文句を唱えてみる。


「魔剣よ……消えよ」


 すると、凶暴な迫力を有する剣が、霧のように消えていった。愕然とした。


「いでよ、魔剣ヘルサーベル」


 続いて召喚の文句を唱えると、あっという間に魔剣が再度姿を見せる。


「これはまずいな。いや、ちょっと待て。まさか、」


 さらなる嫌な予感が頭を掠める。


「いでよ。デモンズアーマー」


 小さな呟きの後、空間が裂けるような動きをみせ、四方から黒い鎧が彼に向かってきた。


 あっという間に鎧は彼のを包み込み、おまけに縮んで現在の体格にぴったりハマってしまった。


「なんということだ。これは……」

「お兄ちゃん? ねえ、何の音?」

「!」


 すると、隣の部屋で寝ていたイルが騒音に気づいてドアをノックしてくる。


「なんでもない」


 だがイルはさっさと部屋に入ってしまい、鎧兜に身を包んだアトラスを目撃してしまったのだった。


「えー。でも変な音が。う、うわあー!?」


 この時、弟は突然兄が鎧を着ていることに驚いた。その後は格好良さに感動し、丸一日付き纏っては質問の嵐を浴びせてきたのだった。

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