合格通知
次の日になり、アトラスとイル、シェイドとマリアンヌの一家は、グロウアス王立学園の正門前にいた。
「うわぁ! すっごい立派なんだね。やっぱり王立ってだけあるよね!」
「そうだな」
イルが目を輝かせて学園を見上げている。まるで白亜の宮殿のような学舎は、アトラスですら驚いてしまう。
(これほどまでに豪勢とは、さすがだな)
すでにこの世界に染まりつつある彼も、まだ心の中では前世、前々世を引きずっている。どうしても気後れするくらい、学園は巨大で豪華に映った。
「では受付に行こう。学舎に入ったら、立ち入り禁止と書かれた場所以外は自由に周って良いぞ。ワシらはもう見慣れておるし、職員室にお邪魔しているからな」
「はしゃぎすぎないようにね」
今日は学園は休みであり、部活動が行われている以外は何もなかった。ロージアン家は事前に話を通してあるため、受付での対応も流れるように終わっている。
兄弟は早速、学園の中を探検気分で見学していく。本来ならイルは見学できる年齢ではないのだが、試験を受ける兄と一緒なら良し、ということで融通を利かせてもらっている。
「お兄ちゃん! 見てみて! なんかでっかいライオンの像があるよ」
「あれは……この学園の象徴らしいな。まさか、全て金で作られてるのか」
まず目を見張ったのが、校長室の前に飾られている黄金の像だった。グロウアスの学園のシンボルは獅子。金色に輝く像など、なかなかお目にかかれるものではない。
ほとんどの場所が白塗りとなっており、アトラスとイルはまるで自分が小人になったかのような錯覚に陥る。
廊下にしろ教室にしろ、体育館にしろグラウンドにしろ、とにかく大きい。アトラスは身長は大人に近くなっていたが、イルはまだまだ小さいので、あらゆるものに圧倒されているようだった。
続いて武道館に入ってみると、奥で剣の練習をしている男達がいた。そのうちの一人、特別体の大きい短髪の男が、こちらに近づいてくる。
「おや、こんな時に珍しいな。入部希望か? ……って、こんな子供が生徒のわけはないな」
「今日は学園の見学で来ました」
「ほう。良ければうちも見ていくといい。戦闘学科の中でも、特に強え連中が集まってるぜ!」
「ありがとうございます。イル、見るか?」
「う、うん」
いかつい男が喋っている間中、弟は兄の背中に隠れていた。一方の兄はまったく動じることもなく、淡々としている。
(こういう度胸のないところを直さないと、貴族社会は辛いだろうな)
今のところ、イルはどうにも頼りない。しかし、おとなしい少年が成長してから、勇ましい姿へと変わるところを、彼は何度も目にしている。
きっと弟もそうなる。後ろで縮こまる存在に淡い期待を抱きながら、道場の稽古を眺めていた。
(なるほど。そこそこできる。高校生程度の年齢を考えれば、充分に素質がある)
アトラスは彼らの動きに関心していた。身長二メートル前後の男達が多くいて、重々しい剣をいとも容易く振り回している。
打ち込み稽古の時こそ木剣を使っているようだが、彼らは本物の剣に慣れていた。それも大剣の部類である。
道場内を見渡すと、大剣だけではなく、ありとあらゆる武器が壁に飾られている。その数があまりにも多いことに、徐々に違和感が膨らんでいった。
兄弟の視線に気づいた先ほどの男が、汗をぬぐいながら語りかけた。
「不思議だろ。どうしてこんなに武器があるのかってな。実はこれ、俺たちが用意したものじゃないんだ」
「え、じゃあなんであるの?」
イルがようやく年上の男に話しかけた。彼はそれが嬉しかったのか、無骨な顔に笑みを浮かべる。
「これはなぁ、いつの間にか届いてるんだ。しかも、少しずつ増えてる。短剣、長剣、槍に鎌に大剣、いつの間にか壁に立てかけられてるんだ。そんな話、おかしいだろ? でも本当なんだ。俺はある時、一日中ここを茂みに隠れて監視したこともあるんだ。そしたら誰も入ってないのに、気がつけば武器がまた増えてた」
イルは分かりやすく驚いている。しかも武器には必ず壁掛けが付いており、丁寧に置かれているのだという。男はふと、道場の一番中心に位置する壁を指差した。
「でも不思議なんだ。あそこだけ、ずっと何も置かれていない。壁掛けだけが置かれているのにさ。しかもだ、あそこに何か武器を置くと、いつの間にか床に落ちてるんだよ」
「本当だ! も、もしかして、幽霊!?」
「ははは! どうかな。でも不思議なんだ。この学園は、不思議なことだらけなのさ」
(武器が置かれていないだと?)
この時、アトラスは彼の発言に違和感を覚える。どう見ても武器は置かれている。しかもこれ以上ないほど見覚えのある、赤く長い剣身と、黄金の柄が。
(なぜだ? なぜあれが。前世で光の粒となり、消え去ったはずだ)
じっと見つめ続けてると、剣身から赤い何かが噴き出しているのが分かった。
血に飢えた魔剣ヘルサーベル。前世でアトラスが愛用した剣に、それは瓜二つである。
この魔剣は生きている、そう彼は前世で気がついていた。誰よりも血を欲する、罪深き闇の権化。そんな物騒な代物だが、どうやら誰の目にも見えないらしい。
だがこの時、誰も予想し得ないことが起きた。
アトラスの瞳に映っていた魔剣は、うっすらと透けていき消えてしまった。同時に魔剣が置かれていた壁掛けも、影も形も残らず消えたのだ。
「え、え! ね、ねえ! 消えちゃったよ」
「ん? あ、ああ!?」
これには男も驚愕した。そして他の生徒達も慌ててしまい、中には神の起こしたことだとまで騒ぐ者もいる。
(一体どうなってる……)
弟を含めて誰もが騒ぐ中、兄だけは冷静に様子を観察していた。その後、しばらく経ってみんなが落ち着いた時、二人は両親のところに戻ることにした。
「今日は歴史に残る日かもしれんな。お前らも入学してこい。このとおり、おかしなことだらけだ。学園は楽しいぞ」
「はい。そのつもりです。入学試験に合格すればですが」
「ん、ちょっと待て! お前のその短剣は?」
「ああ、友人から貰ったものです」
軽く答えたつもりだが、反響は予想以上に大きかった。周囲にいた生徒達はわっと驚き、白い鞘に収められたナイフを見て騒いでいる。
特に、短髪の大男は目を見張っていた。
「それは聖女から貰ったのか?」
「はい」
「ということは、お前は……その歳で聖女の守護者というわけか」
「聖女の守護者?」
「しゅごしゃ? お兄ちゃん、リリカさんと何かあったの!?」
「いや、何もない」
男は呆気に取られたと思いきや、今度は豪快に笑った。
「いやはや、驚いた! なに、お前は試験なんぞしなくても入学できるぞ」
アトラスには訳がわからなかった。イルは理解できないうちに、いつしか聖女と兄ができていると思い込み、より誤解を深めていった。
アトラスは家に帰ってからも考えたのだが、結局は何かの冗談だと結論づけた。しかし、男の話は嘘ではない。
父シェイドが数日後、血相を変えて家に持ち帰ってきたのは、王立学園の合格通知だったのだ。




