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神になりたい

 白亜の城を思わせる、豪勢な屋敷の一室に男はいた。


 ソファでくつろぐ彼は、ロールが入ったカツラと黒いジャケットに身を包み、まさに貴族という身なりで酒を飲み干している。


「失礼します」


 そこに、重々しい声をした髭を生やした男が入室した。屋敷の主は一瞥しただけで、挨拶はしない。


「誠に申し訳ございません。マーセラスの件ですが、」

「連れてきたか」

「……その」

「まさかこの一週間、なんの収穫もなかったとは言うまいな?」


 貴族風の男は、あくまで高圧的に返すばかり。髭の男は明らかに顔に怯えが出ている。


「今もって、どこに逃亡したのか定かではなく。全力で捜索を続けているところでございます」


 主は忌々しげに酒を飲み干すと、男に手招きをした。向かいのソファに座れと、そう指示しているのだ。


 髭の男は恐縮しつつ、静かに向かい側に腰を下ろした。


「なんら進展はないのか」

「いえ、部下のマーマン二名が、それらしき者に当たりをつけていると」

「場所は?」

「あの、それはまだ定かではなく」


 貴族風の男はそれを聞くなり、嘆息とともに立ち上がった。後ろにある机に向かうと、何かを探している素ぶりを見える。


「奴がどれほど我々にとって危険か、お前には随分と語って聞かせたな。覚えているか」

「はい。痛いほど」

「ならば、今の状況が芳しくないことも、よく理解しているはずだな」

「はい。……ですがタイラン様! 後少し、後少しだけお時間をいただければ、見窄らしい子供など必ずや見つけ出し、貴方様の前に——」

「あったあった、これだ」


 タイランと呼ばれた男が机の中から見つけ出したのは、黒い鞘におさめられたナイフであった。


「このナイフには思い出があってな。私が志を持ったのも、父からこれを贈られたことがきっかけだ」

「は、はあ……」


 話が突然変わり、髭の男は戸惑っている。タイランは男の反応など気にしていない。


「父は生前、私によく語ってくれたよ。俺はこの世界を手にする王になる、お前はその息子として、同じくして歴史に名を刻むのだ、とね」


 話しながら、彼は静かに歩き続ける。


「多くの者は、そんな夢を語る父を誇りに思うのだろうな。残念ながら夢は夢のままで終わってしまったが。しかし私はこうも思うのだ。その夢が現実になったからとって、少しも愉快ではないと」

「は、はい?」


 いつの間にか、タイランは男の背後にいた。穏やかに続けられる語りに、髭の男は困惑を隠せない。


「なぜなら、それは私の功績でも何でもない。世襲で王になったからと言って、それが何の喜びになろう。誰かに与えられた玉座に、何の輝きがあろうか。そして何よりも——」


 タイランは髭つらの耳元で囁いた。


「たかが王になった……その程度の夢に何の価値がある?」


 直後、主は部下の右手を押さえつけると、手の甲にナイフを突き刺した。


「あああ!?」


 男が叫ぶ。タイランは歪んだ笑みを浮かべながら、ナイフをさらに奥へと進めてしまう。


「私が目指しているのは神だよ。くだらぬ王になど興味はない! そして、この志を唯一邪魔できるものがあるとするなら、それはマーセラスだけだ。だから何としてもあいつを見つけ出せ。そして、我が手で殺させよ。次に呼び出した時、お前は褒美を得るか死を得るか、どちらかだと思え!」

「は、はい! 必ずや、必ずやー」


 悶絶しながらも、男は必死に答えるしかない。やがてナイフが抜かれると、右手を抑えてうずくまる。


 しばらくして、どうにか帰って行った髭の男は、完全に怯えた羊のようであった。その後ろ姿を見送ったタイランは、汚いものを見るような目をしていた。


「邪魔をする者は、誰であろうと容赦はせぬ。ところで、お前。いるのだろう」

「……はい」


 部屋の影がうっすらと伸び、黒いローブ姿に変わる。一部始終を隠れて見物していたそれは、明らかに人間ではない。


「儀式の準備は進んでいるか」

「はい。しかしながら、生贄は」

「良き者に目をつけておる。そこは私に任せれば良い」


 男は一変して上機嫌になった。実は比喩ではなく、彼は本当に神になろうと画策している。


 それを知っているのは、今のところごく僅かな者達のみだ。


 ◇


 グロウアスの大通りに、一軒の魔法店がある。


 しかしその店は、ほとんどの人が入店してもすぐに出て行ってしまう。店員が誰もいないように見えるそこは、どうにも不気味なお化け屋敷に見える。


 手の込んだ幻術の先にある、本当のお店では、店主と助手が今日も暇な時間を過ごしている筈だった。


 だが今日は違う。店主ベルシェリカは興奮した様子で、部屋にある水晶を覗き込んでいた。


「やっと分かったわ。あの子の魔力が検知されなかった理由!」


 すると、助手の亀が疑わしげに主人を見上げた。


「分かったって言っても、どうせ大した魔力じゃないでしょう。なんでずっと調べてるの?」


 ベルシェリカは、やれやれと言わんばかりに首を横に振る。


 実はかつて来店した際に測ったアトラスの魔力を、彼女はずっと調べ続けていたのだ。測定するために使ったオーブに残っていた微量な魔力を、特別な器具により保存し、長期間保存が可能な水晶に移した。


 その水晶を、彼女はずっと調べ続けている。


「はあー! もう、アンタってば分かってないわね。あの子の魔力は普通じゃないの。量がどうとかじゃないわ。っていうか大発見よ。これはきっと他の誰も持っていない……黒の魔力よ」

「黒の魔力? なにそれ?」


 へへん、とベルシェリカは得意げに胸を張る。


「もうこの世界には無くなったとされている、全てを染める魔力のこと。昼が夜になるように、当たり前のように周りから色を奪い、自らの色へと変えてしまう。まあ簡単にいえば、周りから魔力を吸い取って自分の力にできるってこと」

「まあ! そんな力をあの子が!?」


 亀は驚いて、周辺に所狭しと飾られている魔導書を眺めた。


「それが本当なら、ここにある専用魔導書も、使えたりするんじゃないの?」

「まあ、専用は専用だし、別の才能も必要だけど……可能性としてあり得るわね。面白くなってきたわ。っていうかルー! あたし達、そろそろこの森から出てもいい頃かもよ」

「え!? 本当?」


 ルーと呼ばれた亀は仰天した。一人と一匹には特別な事情がある。


 その事情のために、あるいはアトラスが必要なのかも知れなかった。

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