表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

17/51

落ちた先

 治癒所にやってきた三人の前にあったのは、綺麗に整頓されたベッドだった。


 やはりマーセラスはいない。青い顔になったリリカが、ベッドの脇を指差した。


「ここにまだある。微かだけど……」


 魔力の残り香。それを辿ることができるのは、よほど腕の立つ魔導士くらいである。


「うーん。うーーーん!」


 イルが必死に魔力を辿ろうとしているが、結果は見えていた。アトラスは瞳を閉じて、ただじっとしている。


「ダメだー。僕じゃ何も感じないよ」

「アトラス、あなたは?」

「……」


 彼は返事をせず、静かに佇んでいる。イルは頭を抱えた。


「やっぱり人攫いだよね。っていうか、他にもそのお姉さんを見た人がいるんじゃないかな。探してみない?」

「……」


 イルの提案も、なにかリリカは同意できないものがあった。彼女は聖協会の付き人にも手伝いを頼んでいるし、ロージアン家も島の管理所や、在中している憲兵に話までしていた。


 だがそれでも今のところ、何も知らせが入ってきていない。目撃者がいるなら、そこに通報しているはずだ。


 それだけではなかった。実は島の中でも数名、マーセラス以外にも行方不明者が出ているという。島全体が慌ただしい空気を纏い始めている。


 大人ですら困惑しているのだから、子供達も手立てに困るのは当然だ。リリカとイルが悩み、新たな手立てを探している時だった。


「あった」


 そう呟き、アトラスが歩き出した。


「え? お兄ちゃん、あったって何が?」

「……まさか」


 弟と聖女は、普段よりも無表情な彼を追いかける。足取りの速さがいつもと異なり、少しでものんびりしていたら置いていかれそうなほどだった。


(なるほど。これはグロウアスで魔法店を見つけた感覚に近いな)


 すでに消えかかっている奇妙な魔力の香り。それはかなり困難ではあったが、アトラスには感知できるものだった。


「ねえお兄ちゃ、」

「しっ! 集中してるから、話しかけないようにして」


 リリカは興奮気味なイルを止め、気が散らないように配慮している。治癒所を出てからのアトラスは、徐々に島の中心にあたる場所へと進んでいた。


 そこは鬱蒼とした森であり、子供の足では到着までに二時間もかかってしまう。ようやく辿り着いた森の中は、三人にとって未知の領域であった。


 ふと、アトラスは用心のため腰に差していた風切りの剣を見つめる。


(どれほどの賊かは分からんが、いけるか? いや……)


 彼は自分の考えを改め、二人に声をかけた。


「もうすぐだ。その前に一つ言っておきたい。もしマーセラスを攫った奴を見つけても、すぐには向かってはいけない。一旦はこっそり集落に戻ろう」

「え!? な、なんで?」

「俺たちが太刀打ちできない相手かもしれん。その場合、最悪殺されたり、人質にされることもある。見つけたら相手にバレないように引いて、父上や憲兵の詰め所に行こう」


 自分たちはまだ子供。か弱い身で向かって行ってもやられるだけ。兄の発言に、弟はすぐに頷いた。


「分かった! お兄ちゃんが言うなら、僕そうするね」

「信頼しているのね。お兄さんを」

「うん! 僕のお兄ちゃんは凄いんだ!」

(イルときたら、やたらと買い被っているな。中身はおっさんなのだから、むしろもう少し行動できるべきなのに)


 兄は弟の厚い信頼に嘆息しつつ、魔力を探し続けた。


「あ! もしかして」

「近い……」


 ここでイルとリリカも気づいた。高い魔力が、この近くに存在している。しかも二つも。


「ここの筈だが」


 森の中に開けた草原がある。アトラスは茂みに隠れつつ、周囲を注意深く経過していた。


 左右を見回しても、上を見上げても、魔力の持ち主は見当たらない。しかし、探すほどに魔力の高まりを感じる。


 だが、ここにきてゆっくりと探すうちに、何か奇妙なことが起こっているのが分かった。


 草原から離れるほど魔力も小さく感じ、近づくほどに高まる。しかし、周囲には誰もいない。


「この辺りのはずだが」

「何か変ね」

「あれかなー。魔法店の時みたいに、幻術——うわぁ!」


 突然叫び声がして、アトラスは咄嗟に振り向いた。すると、草原の一部に穴が空き、イルが落下してしまったようだ。


「イル! リリカ、大人を呼んできてくれ」

「わ、分かった。でも、あなたは?」

「イルを助ける」

「でも」

「心配いらない。頼んだぞ」

「あ、待っ——」


 呼び止めようとしたリリカの声は届かなかった。アトラスがすぐに真っ暗な穴の中へと身を踊らせたからだ。


「い、急がないと」


 リリカはすぐに駆け出した。


 誰にも気付きようがないことであったが、これらの出来事は、瓜二つであるゲーム世界で必ず起こることだった。


 しかし、既に運命は変わっている。本来ならば穴に落ちてしまうのはリリカであり、ロージアンの兄弟は同行していない。


 アトラスは転生者だが、ゲーム世界のストーリーを知らない。だからこそ、彼の行動には躊躇がなかった。


 穴に落ちてみると、実際のところはそこまで深くなかったらしく、特に苦も無く着地することができた。


 だが、それは兄の強靭な体だからであって、弟も同様と言うわけにはいかなった。


「イル、大丈夫か。イル」

「う、ううう」


 穴に落ちてすぐのところで、イルは苦しそうにうずくまっていた。どうやら足を挫いてしまったらしい。


 地下通路のようなそこは、まっすぐな一本道だった。凹凸が激しく、大きな岩もあり、通り道としては不便に感じられる。


 そんな真っ暗な道の向こうに、オレンジ色の灯りが見えた。魔力もどうやらそこから発せられている。


「足が痛い。ここ、でこぼこしてる」

「帰ったら聖女に治してもらおう。それまでは我慢しろよ」


 この時、アトラスはすぐに弟を抱えて穴を這い上がるつもりだった。


 万が一マーセラスの件ではなかったとしても、明らかに隠れ住んでいる怪しい連中がいるのだから、通報したところで何もおかしくはない。


「誰だ! そこにいやがるのは!」


 しかし、灯りの向こうから響いた叫び声が、彼の動きを阻む。


「魔力をビンビンに感じるぜえ。よくもまあ嗅ぎつけてきやがったなぁ。お前、人間だな」


 アトラスは岩の影に弟を隠し、自らもまたそこに隠れた。


 先ほどまでは誰しもが魔力を抑えながら探索していたが、イルは突然の落下と痛みで、魔力を隠すことを忘れてしまった。


「おいおい。どういうつもりか知らねえがよ。そこに隠れてるよなぁ? 出てこいよ、なあ? 来ないなら、俺から行くぜえ」


 男の声が、徐々にこちらに近づいてくるのが分かる。


 イルはハッとして、焦りのあまり魔力の隠し方を忘れてしまっていた。こうなるとすぐに隠すのは難しい。


 兄弟が隠れた岩の近くに、それは悠然と迫ってきていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ