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招かれざる客

 記憶を失い、身元もよく分からない少年。


 アトラスは彼を治癒所に運ぶことにした。前々世の日本でいえば病院にあたるところで、簡易的なベッドがいくつも並べられている。


 細やかな診察を受けさせたが、結局は何も分からなった。


「まったく記憶がないのか。しかも、この島の人間ではないようだが」


 治癒所はラーナ島に一つしかなく、誰かしらが顔見知りという狭い世界だった。アトラス達は、少年を知っている者を探したが皆無だった。


 また、島にやってくる者、出ていく者については、島内の管理所で詳細に把握されており、見ず知らずの人がいつの間にか住み着く、といったことはない。


 看護員という、看護婦に近い人達にも聞いてみたが、少年は見たのは初めてだという。


 リリカはマーセラスのベッドの隣にある椅子に座り、ただ静かに見守っていた。口数は少ないながらも、二人は少しずつ会話をしている。


「もしかして、観光に来たけど、家族と離れて迷子になったんじゃない?」

「いや、どうやらそれも違うらしいんだよ」


 イルは心配そうに言ってみたが、港から迷子の連絡は来ていないと聖女の護衛達が教えてくれた。彼らもまた、聖女に頼まれて少年の為に右に左に働かされている。


「思い出せない。だけど、僕にはしなくてはいけない何かがあったはずなんだ。心の奥で、何かが叫んでる。行かなきゃ、いけないって」


 記憶を失った少年は髪をくしゃくしゃにして、ベッドの上でうずくまる。記憶を失った精神的な衝撃。理由のわからない衝動。もう心はぐちゃぐちゃになっている。


 結局のところ、マーセラスがなぜ浜辺で倒れていたのか、どうしてそうなったのかを知る者は誰も見つからなかった。


 治癒所の中は彼のことで騒然となっており、誰もが口々にあらゆる可能性や、今後のことを語ろうとした。


 こういう状況を、アトラスは珍しいと感じてしまう。前々世の日本では、他人についてなるべく距離を置くように生活していたし、誰もが関係のない人に対しては首を突っ込まなかった。


 前世は戦乱の最中で、はっきり言って誰もが狂っていた。あのような世界で、たった一人の少年を助けるようとする人々がどれほどいただろうか。


(きっとイレイナなら……俺の仲間達なら、助けているか)


 自分なら恐らく助けていないだろう、とアトラスは思う。彼は自分が冷酷だと決めてかかっていたし、決して良い自己評価を持ってはいない。


 いずれにしても、ここにいても助けにはならないと考え、アトラスはイルの袖を軽く引いた。


「後はみんなに任せて、俺たちは行こう。そろそろ父上と母上のところに戻らないとな」

「あ、うん! じゃあねマーセラスさん、早く良くなってね。リリカさんも、またね!」


 イルが手を振ってお別れをし、少年と少女は小さく手を振った。


 治癒所を出て、宿までの整備された道を歩いていると、イルが彼にしては珍しく小さな声で話しかけた。


「お兄ちゃん、もしかして。あの二人って、できちゃうのかな?」

「ん? どういうことだ?」

「だって、美男美女の二人だよ。瀕死のピンチを救った女の子に恋をして……とか、絶対ありがちだよ! リリカさん可愛いし」

(こいつ。いつの間にそんなことを覚えたんだ)


 アトラスは驚き半分、呆れ半分であった。


「船の連中に教わったのか? 破廉恥だと怒られるぞ」

「え? みんな言ってるよ! なんで破廉恥なの?」

「いや、なんでもない」


 どこまで分かってて喋っているのか、彼には子供の心がよく分からない。この時、むしろ様子がおかしかったのは兄である。


 あの二人はまだそんな歳ではないのに、そこまで想像を膨らせているのは自分だけだと気づき、アトラスはなんとなく恥ずかしい気持ちになる。


 だからなのか、帰り道はやけに足速になっていた。


 ◇


「見つけた……見つけたぞ」


 夜の闇に紛れ、醜悪な囁きが聞こえた。


 林に隠れて影しか分からないが、それでも異形の存在であることは明らかだ。しかも二匹いる。


 その周囲には、血に塗れた男女の遺体が転がっていた。


「俺たちが一番早く見つけたなぁ。しかしあれが、本当にマーセラスか? まだガキじゃねえの」

「アレで間違いないよ。ってか、弱っている今がチャンスだよね。今やっちゃおうか」

「待てよ。あの中に強い魔力反応がある。もうちょい様子見してからのほうがいいだろ」


 影の一つが蠢く。もう一方の影は相棒の用心深さに同意できなかった。


「手柄を奪われちゃったらどうすんの? 他の奴らだってここを見つけるかもしれない。人間もアタシらに勘づくかもしれないんだよ」

「お前が余計な殺しをしなけりゃ、人間には見つかりっこなかったんだよ」

「はあ? こっちのせいにしないでよ。あと、お前って偉そうに呼ぶのやめて」


 もう一つの影はため息を漏らしている。


「……一日だ。一日だけ様子を見ようぜ。俺が徹底的に調べる。それにアレだ、こうして早く見つけられたのは、俺たちだからさ。心配しなくても、他の奴らはすぐには来ねえって」

「まあいいけど。じゃあ明日だね。しょうがないから、日中は化けよう」

「ああ、魔力はできる限り抑えて過ごせよ。誰に気づかれるか分からないからな」


 黒い二つの影はゆらゆらと消えていく。


 この時、マーセラスが眠る治癒所には、リリカと護衛達も一緒にいたのである。まだこの刺客に気づいている者はいない。


 夜が明けて太陽が顔を出した頃、アトラス達は治癒所に向かった。

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