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剣聖との出会い

 この世界はとあるゲームと瓜二つである。


 しかしアトラスはここまで、作中で中心となる人物には出会っていなかった。


 物語の主人公となる男、剣聖マーセラス・ウィルとアトラスが出会うのは、実なこの旅行中と決まっている。


 ここまで世界は運命に忠実であった。しかし、アトラスだけはその決まりに従ってこなかった。


 たった一人が筋書きを無視したところで、運命は変わらず進行している。その筈だった。


 夏の暑い日に、ロージアン家はラーナ島という観光で有名な島に旅行することになった。


 ただの娯楽目的であり、父シェイドや母マリアンヌが年甲斐もなく胸を高鳴らせている姿に、アトラスは苦笑していた。


 イルに至っては渡航中からはしゃぎ回っており、船内にいた子供達とすぐに友達になって、アトラスを釣りに誘っていた。


「うわぁ! お兄ちゃん、どうしてそんなに釣れるの!?」


 前世で釣りをして飢えを凌いだ経験があり、彼は釣りのやり方をよく知っている。弟と船でできた友達は、彼が魚を釣り上げるたびに驚きの声を上げた。


「よく観察することだ。後は地形とか、流れを知っていれば上手くいく。じゃあ、俺は船の中で読書でも、」

「えー! 凄い! ねえ、教えてよ」


 そろそろ退散しようと思っていたが、好奇心旺盛な子供達はまるで聞かない。結局のところ釣りを教えなくてはいけなくなり、彼は暑さにくたびれてしまう。


 釣りに飽きてくると、子供達は剣や魔法の真似事を始めた。イルが覚えた魔法を披露すると、男子も女子も大喜びだ。


 こうして暇を潰しながら、一週間が経過し、ようやく船は目的のラーナ島に到着した。


 ◇


「こんなに青い空を見たのは、初めてかもしれない」

「ねー! すっごい濃いよね」


 島に到着し、宿に荷物を置いた後、アトラスとイルは浜辺に向かった。晴れ渡った島国の空は、彼の記憶にあるどんな空よりも濃く鮮やかだった。


 これまではあまり乗り気ではなかった兄だが、弟と同じように気持ちが高揚してくるのを感じた。


「海入りたい!」

「待った! 水着がないだろ」

「すぐ乾くんじゃない? 入りたい!」

「こら、ダメだ」

「あ! お兄ちゃん、あの人。前会った人だよ」


 好奇心と衝動が抑えられなくなったイルが、海に入って行こうとするので止めていると、見覚えのある少女が通りかかっていた。


 日傘を差すその少女には、護衛の男が二人付き添っている。聖女リリカが無表情で、ただ海辺を見つめていた。


「お姉ちゃん、久しぶり! 僕らのこと、覚えてる!?」


 イルは元気よく聖女の前にやってきたが、これを護衛の二人は良しとしなかった。


「少年よ、聖女に気安く近づくな」

「え、あ……ごめんなさい」

「この方は良いのです。少しだけ、お話をさせてください」


 しかし、リリカは嫌がらなかった。意外な反応に驚く大人二人だったが、彼女の意思をある程度は尊重させるよう指示されていたので、以後は口を挟まなかった。


「ここには観光で来たのか?」と、アトラスが聞くと、彼女は首肯する。


「観光と宣伝、交流……それも理由。でも、運命に呼ばれていたのが、私の一番の理由」

「運命? そういえばずっと前も言ってたね!」


 聖女には未来を予知する力がある。その力が指し示したのが、この島に来ることだったのか。


(何か出来すぎている気がするな。これが運命ということなら、俺たちが再会するのも必然ということになる)


 面倒な何かが始まっていることに、アトラスが考え込んでいると、ふと誰かの大声が聞こえた。


「子供が倒れてるぞ!」

「どっから流れてきたんだ!?」

「息してるの!? 大丈夫かしら」

「ま、まずいぞ! このままじゃ助からない!」


 いつの間にか人集りができている。アトラスとイルが駆け寄ると、そこには仰向けに倒れている少年がいた。


 アトラスと同じくらいの年齢の子供が、意識を失っている。


「もしかして、溺れたの!?」イルが叫ぶ。

「これは……重体だな。息もしていないぞ」


 少年はすでに青白い顔になっていた。一体どこから流れ着いたのか不明だが、誰の目から見ても助かる見込みが薄い。


「脈はある」


 アトラスはすぐに人工呼吸をしようとしたが、そこにリリカが割って入った。


「大丈夫、任せて」


 彼女は瞳を閉じると、そっと少年の胸に手を当てて祈りを始める。


 すると、指先から温かな光が溢れ、彼の全身を包み込んでいった。


「す……凄いや……これって」


 イルが感嘆の声を上げる。周囲にいた人々もまた、聖女の魔法に魅入っていた。


 徐々に光が浸透していき、少年は咳をしながら体を捩らせた。意識が戻り、苦しそうな顔が安らかになっていく。


 そして静かに目を覚ました。


「……ここは? 僕は一体……」

「あなたは溺れていたのよ。もう大丈夫」

「僕は……」


 少年は仰向けになったまま、ぼんやりと空を眺め続けていた。澄み切った茶色の瞳が、少しずつ困惑に染まっていくことに、すぐに気づく者はいなかった。


「僕は……誰だ……」


 最初に奇妙な反応に気づいたのは、アトラスだった。


「お前は、自分のことを覚えていないのか」

「覚えて……ない。ああ、いや……名前だけは……僕は、マーセラス」

(マーセラスか、知らない名前だな)


 周囲の人々は聖女が起こした奇跡と、謎に満ちた少年の言葉にどよめいている。


 喧騒の中、アトラスは彼を抱き起こし、とにかく介抱することにした。


 この流れは原作とは違っている。聖女が彼を助けることは同じだが、マーセラスを運ぶのはアトラスではなかった。


 原作での悪役貴族達は、はじめは遠巻きから傍観しているに過ぎない。


 アトラスの行動は、ほんの僅かに歯車を狂わせていた。

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