表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

13/51

風の刃

 この世界において、武具に魔法の力が込められているものは少なくない。


 それらは魔導士がするように、脳裏で発動文字を思い描くといった作業を必要としない分、使用は簡単であると思われた。


 しかし魔法というものは結局のところ、才能に左右される部分が大きい。


 筋骨隆々の戦士達の中には、魔力を持たない者が多かった。だから魔法付きの武具を扱える戦士は少ない。


 アトラスは鞘から剣を抜くと、美しい白刃を眺めた後、静かに構えてみる。


 イルはその様子を横からじっと見つめていた。ほんの僅かな動きも見逃すまいとしている。


(ああ、大体使い方は前世と同じだな)


 握った手の先に魔力を集中していくと、魔石が怪しく輝き出した。うっすらとした新緑の光が剣全体を覆っていき、程なくして奇妙な風が周囲に吹いてくる。


 やがてアトラスは剣を上段に構え、誰もいない方向へ軽く振り下ろした。草とほぼ変わらぬ色の輝きが光となり、刃となって飛んでゆく。


 それは紛れもなく風の魔法そのものであった。


「わああ! カッコいい! お兄ちゃん、どうやったの!?」


 一連の動きを見て、弟は飛び上がって喜んだ。すぐに兄に駆け寄ってくる。


「この魔石のあたりに、魔力を流し込むことを想像するんだ。そうすれば、上手くいけば扱える」

「凄いや! でもお兄ちゃん、魔力なかったんじゃないの?」

「本当に多少はあったらしい。魔法の武具というものは、多少あれば十分に使えるものなんだ」


 ここにきて、アトラスは別に魔力を隠そうともしなくなった。ないことを偽り続けるのも、また大変な気がした。そして確かに、この時は大した魔力ではなかったのである。


「ふーん! でも普通に使えるって凄いよぉ。ねえねえ、僕もやっていい?」

「ああ」


 興奮気味のイルは剣を受け取ると、すぐに言われたとおりに魔力を集中してみる。


 庭で見守る騎士達は、先ほどのアトラスの姿を見てどよめいていた。


「まさか、九歳にして魔法剣を放てるとは」

「やはり相当な武芸の才がおありなのだろう」

「戦士でも半数は使えないというからな」

「アトラス様は、武人としての才を持っている!」

「驚いた……!」


 子供でありながら、あっさりと魔法剣を使えたことが、彼らにとっては衝撃だったのだ。


 店主もまた、呆然とした顔で庭の光景を見つめている。長く武器と防具を売り捌く仕事を続けていたが、九歳にして魔法武具を操れる者はほとんど見たことがなかった。


 続いて剣を振ることになったイルは、やる気が身体中から湧き出ているかのようだった。


 しばらく瞳を閉じて集中し、魔力を解き放っていく。


「魔石に注ぐ……魔石に注ぐ……」


 イルは少しの間、ぶつぶつと独り言を漏らしながら、少年にしては高い魔力を注ごうとしている。


 だが、何か実感が湧かない。どうしても普通に剣を持っている感覚と変わらなかった。


 焦りつつ、痺れを切らしたかのようにイルは目を開け、前方に大きく剣を振るってみた。


「たぁっ!」


 この瞬間、騎士達は「おおっ!」と歓声を上げたが、望んでいた効果は発揮されなかった。


 緑色の刃は現れず、ただ剣を振ったに過ぎなかったのである。


「あれえ? なんで?」

「いろいろとコツがあるんだ。魔法と魔法剣は違う」

「ええー。すぐできると思ったのに」


 その後、少しだけ落ちこんだ弟を、兄は優しく宥めていた。


 庭から戻り、また明るさを取り戻したイルは、先ほどのショートソードをアトラスに手渡した。


「お兄ちゃん、この剣買ったら? 僕よりずっと上手いし、お兄ちゃんに合ってる気がする」

「そうかな」

「うん、きっとそうだよ! でも、たまには僕にも使わせてね。絶対使えるようになるんだ」


 弟はなんとなく、自分より兄のほうが持つべきではないかと思った。イルは好奇心旺盛で、なんでも欲しがるところがあるが、最近では人に譲ることも覚えている。


 騎士達はそんな二人の仲を見て、ロージアンという家の将来が明るいと思わずにはいられなかった。


 二人の幼い貴族を見て、店主もまた嬉しくなったらしい。


「いやぁ、アトラス様は大したものですよ。一見すると普通に使ってましたけど、あれは驚くほど実戦的な使い方です。剣を振る前後も、魔法が出た後もちっとも隙がないんですから」

「手を抜いているから、そう見えるんじゃないか」

「いやいや! あなた様はきっと、剣士でもやっていけますよ。もしかしたら、レグナス王子ともいい勝負になるかもですね」


 レグナスという名を聞いて、イルがあっと叫ぶ。


「グロウアスで一番の王子様だよね。やっぱり強いの?」

「それはもう。まだ九歳ですがね、すでに大人相手にも武術会で勝っちゃうくらいですよ。あの方は間違いなく、天才そのものでしょうなぁ」

「武術会?」


 知らない単語に、弟の興味が膨らむ。


「昔から開かれてる、グロウアスの大会でしてね。好きな武器を使って試合をして、勝てば名誉と富がガッポリ、負ければ全部持っていかれるっていう刺激的な大会でさぁ」

「面白そう! ねえお兄ちゃん、観に行かない? ううん、参加しちゃおっか!」

「怖い大人がいっぱいだぞ。やめておいたほうがいい」


 やはりそういうのもあるのか、とアトラスは心の中で考えた。前世でも闘技場があったが、恐らくは似たようなものではないだろうか、と。


 ただ、この世界は平和そのものだし、きっと前世のそれほど物騒ではないだろうが。彼が生きてきたかつての世界は、あらゆる面で厳しく、汚かったのだ。


「おじさん! また大会のこと教えてね。王子のことも知りたい」

「あっしに分かることなら、何なりと!」

「ありがとう。またお邪魔する」


 律儀にお礼をいうアトラスに、店主は慌てたように頭を下げた。


(貴族といえば、そりゃあ偉そうなのに、このお二人はなんと気持ちが良いのだろう。さすがはあのシェイド様のお子さんだ)


 去っていく後ろ姿を見て、武具屋の店主は感心していた。


 子供とはいえ、二人は貴族らしさがない。しかし、いずれは権威と誇り、少しの見栄で争い合う世界に入っていくことになる。


 できれば二人には、変わってほしくないと思う者も多い。だが、世界の汚れに触れてしまえば、どんな綺麗な心も失われてしまうことがある。


 さらには世界では、魔物の脅威が少しずつ膨れ上がっていた。その危険性が決定的な形で現れるまで、あと六年という時間がある。


 アトラスとイルは、それからもしばらくは穏やかな毎日を過ごした。


 この世界で大きな役割を持つレグナス王子と、聖女リリカもまた、二人とは違う生き方で前に進んでいる。


 だが、時には触れ合うこともある。一年後、とある島に旅行をすることになったアトラスは、運命に導かれるようにして、ある者と出会うことになった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ