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魔法剣

 それから二年が経過した。


 アトラスは九歳になり、イルは七歳。兄弟は勉学と習い事、あらゆる貴族の嗜みを覚えていった。


 しかし、兄はそんな諸々に興味がない。自堕落な姿勢を隠そうともしていなかった。


 弟はといえば、兄とは正反対に多くを貪欲に学び続けている。


「まったく。そんなに呆けていては、じきに弟に追い抜かれてしまうぞ」


 父はアトラスを、そう言って叱ることもあった。だが、身内に甘い男である彼は、キツく言うこともなければ、無下にもしなかった。


 アトラスは今日も家庭教師の授業を適当に終えると、いつの間にか邸の屋根に抜け出ては、のんびりと昼寝をしていた。


(今日は昼寝をするには最高だな)


 前世でひたすらに戦い続けていた日常が嘘のように、今は静かで流れの遅い毎日を生きている。


 雲をぼんやりと見つめながら、ふといつかの聖女の予言を思い出した。


(あと六年……本当に運命が交わることなどあるのだろうか。もう俺は、その資格すら失っていてもおかしくない。そして、失ってよいのだ)


 戦いの毎日など、もう懲りている。出世と誇りのために右往左往する日常など、考えたくもない。


「お兄ちゃん! ねえ、武器屋さん行かない!?」


 眠気に身を任せていた時だった。屋根裏に兄がよく行くのを知っている弟が、よじ登ってやってきた。


「なんで武器屋なんて行くんだ?」

「うちの護衛の騎士達が、武器を調達するんだって。せっかくだから僕も見たいなーって」

「武器なんて見ても面白くないだろ」

「そんなことないよ! だって最近、魔法剣が入荷したんだって」

「ん? 魔法剣?」


 魔法を帯びた剣で敵を攻撃するというのは、ファンタジー世界ではよくあるものだ。


 かくいうアトラスも、前々世では魔法剣に浪漫を感じていたものだった。そして前世で、彼が最も得意としたのも魔法剣である。


「うん! きっとモタモタしてたらすぐ売れちゃうよ。お兄ちゃん、ちょっとだけ見に行こうよ」


 こういう時の弟は諦めない。面白そうなものを見つけると、知りたくて堪らない。


 ただ、兄もまたこの時は、いつになく関心を持っていた。


「行ってみるか」

「やったー!」


 いつものようにはしゃぐイルに、アトラスは苦笑しきりだった。七歳という年齢はまだまだ幼く、彼にとっては自分の息子のように思えてしまう時がある。


 二人は騎士数名と一緒に、ロージアン領内にあるリーザの町へと向かった。


 家からほど近い町であり、兄弟もよく散歩しに行く場所である。騎士達と軽い雑談をしながら、この辺りでは最も大きな武具店へと到着すると、イルはあっと驚いた声を上げた。


「わあ! ねえねえ、本当にあの武器屋さん? すっごく綺麗だけど」

「ええ。間違いないですよ。最近じゃあ景気が良くって、お店自体新調したって自慢してました」


 騎士の一人が笑って答えた。イルはしばらくこの武具屋には足を運んでいなかった。


 今にも崩れそうな木製の小屋だった店が、白く固そうな壁と、明るいオレンジ色の屋根を備えた清潔感ある外観に変わっている。


(武器屋が儲かっているというのは、果たして良いことだろうか)


 アトラスはなんとなく、嫌な予感が頭を掠めた。店内もまた白い大理石で作られたような、豪華な作りに変わっていて、武器や防具が綺麗に並べられている。


 なんとなく、昔の安い服屋にありそうな雰囲気だと、かつての日本人は思った。


「凄い! クリスタルで作られた槍があるよ。鎧も!」


 イルはあっちに行ったり、こっちに行ったり落ち着きがない。騎士達はすぐに決められた武器と防具を店員に確認し、手早く買い物を済ませようと動いていた。


 アトラスはイルと一緒に店内を回ってみたが、ほとんどの物には特別興味を示さなかった。


 だが、イルが指差した剣が、彼の関心を惹く。


「ねえお兄ちゃん、魔法剣ってこれかなぁ」

「これは……」


 ごく普通のショートソードが鞘におさまっている。柄も装飾も青色で、特に派手さは見られない。


 ただ、鍔部分に埋め込まれた赤い宝石だけは、奇妙なほど目立っている。


「なるほど。魔石を埋め込んでいるわけか」


 心の中で思う。前世と同じ仕組みだ、と。


「魔石ってなーに?」

「簡単にいえば、この石に魔法が埋められているんだろう。握った時にここに魔力を注げば、魔法剣が使えるというわけだ」

「わあ! じゃあ僕にも使えるのかな、魔法剣」

「ああ、多分な」


 アトラスは断言はできなかった。魔法剣というものは、基本的には魔力さえあれば使い手を選ばないと言われている。


 しかし、実際には相性がある。特定の人物にしか使えないという類も、かつてアトラスは何度か目にしていた。


 兄弟がこの剣を使えるかどうかは、試してみなければ分からない。そこで、アトラスは店の奥側に佇む店主を呼び出した。


(弟が剣を覚えるのも、悪いことではないな)


 彼はあくまで自分で試すつもりはなく、弟を喜ばせてやりたくなった。


「主人、この剣にはなんの魔法が込められている?」

「ああ、こちらは風切りの剣といいましてね、エアスラッシャーという技を使うことができるんです。ただね、それなりに魔力と相性が良くないと厳しんですわ。庭で魔法を試す程度でしたら、やってもいいですよ」


 魔法剣は購入したは良いが、実際には使えなかったという残念な結果になることが多い。そのため、魔法を出せるかを試すことならさせてもらえる場合がよくあった。


「よし、じゃあやってみるか」

「わあ! 楽しみー!」


 初めて魔法剣を見ることができる喜びで、イルは瞳を輝かせた。


 アトラスはショートソードの柄を握っているうちに、なんとなく昔を思い出してしまう。


 複雑な思いを胸に抱いたまま、彼は鞘から剣を抜いた。

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