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転生ガチャ

 闇の中を泳いでいる。

 彼はここが死後の世界だと理解していた。


 体の存在を感じない。まるで海の中にでもいるような気分だった。


 真っ暗な世界を抜けた先には、白く煌めく床があり、その先では金であしらわれた玉座があった。周囲は星空に包まれているようだ。


「ようこそ、転生の間へ」


 玉座に座る女は、長い黒髪と黄金の瞳を持ち、背中には雪のように白い翼が生えている。


 人間ではない上位の存在、恐らくは天使なのだろう。そう考えた彼の予想は当たっていた。


「私の名はアリアナ。万物の死と生まれ変わりを管理する天使長です。あなたはほんの十年前、その苛烈な人生を終え、静かな眠りにつきました。覚えていますか?」


 アリアナと名乗る天使の声は、まるで鈴のよう。


「覚えている。ひどい日常だったな」


 男は魂だけの存在でありつつも、口はきけるらしい。


「あら、それは謙遜? あなたの人生ほど、魅力的で荒々しいものはありませんでしたよ。何億という生き方を見つめてきた、この私が認めます」

「俺の人生を見ていたのか」

「ええ。悲しい終わりではありましたけれど。……さて、これから貴方をどうするべきか、私は決めねばなりません。新しい世界へ誘うのか、地獄の炎へ沈めるのか……私はどちらを決める役割も与えられています」

「そうか。俺はどちらでも良い」


 この一言に、天使は目を丸くした。いつもならば、この一言でどんな立派な男女も媚びへつらうというのに。


 男は何ら臆していない。それだけではなく、自らを地獄に落ちてもかまわないとまで言ってのけた。


「驚きました。あなたの功績を考えれば、より良い生き方を選ぶことができますのに。まさか業火の世界を侮っているのですか?」

「俺に似合ってるのはそっちだろうよ」

「人も魔物も、多くを殺めたから?」

「やり過ぎたよ。二度目の人生だったのに」


 実は、彼はすでに一度転生というものを経験している。天使は薄紫の炎をじっと見つめ、まさに人間離れした美しき笑顔を向けた。


「うふふふ。あなたは私の思ったとおりの男ね。やはり見込みどおり。たしかにあなたは、見方によっては大変な罪人だわ。しかし、見方によっては救世主よ。何しろ前世で、自らの命と引き換えに世界まで救っている。これは功績としてはお釣りがくるほど、素晴らしいものではなくって?」


 魂の炎はゆらめいただけで、何も返事をしなかった。


「初めは地球に住むごくありふれた日本人。二回目の人生は、あなたの知らないゲームのような異世界。地獄のような日々を生き抜き、弱き者の為に戦い続けた。軍隊、魔物の群れ、悪魔すら打ち倒し、最後は……」


 天使は玉座から立ち上がると、床の真ん中に浮かぶ魂へと歩み寄っていく。


「この二つの人生を足しても、あなたの魂としてはまだ四十年そこそこ。早すぎる死……誰よりも努力して、戦って、守った末に報われないなんて、あんまりじゃないの?」

「もう面倒だ」


 あくまでつれない態度だ、とアリアナは心の中で不満を漏らしたが、目前にいる魂に向けた微笑みは消さない。


 彼女にとって、どうしても必要な魂なのだ。ここで本当に機嫌を損ねられてしまったら、他の天使から苦労して確保した努力が無に消えてしまう。


「ごめんなさい。私ってどうもお喋りなの。では単刀直入に聞くわ。今度こそあなたの求める人生が手に入るとしたら、三度目に挑んでみる?」

「ごめんだな」

「なぜ?」

「前世でもやってみたことだが、俺はどうも失敗してしまう」


 ここでアリアナは、作り笑顔ではない本当の微笑を浮かべた。


「分かっているわよ。あなたのお望みは。本当はただ平和な暮らしを楽しみたかったのよね。何にも縛られず、何にも気を使わず、本当に自分が信じた人達とささやかながらに暮らしたい。ただ楽に生きていきたい。それがあなたの夢」

「天使というのは、そんなことまで分かるのか」


 男は素直に感心していた。自分が考えていたことが、手に取るように相手に伝わっているというのは、不思議なものだと思う。


「ええ。私はあなたが死んだ後、あなたの人生を鑑賞させてもらったわ。人間も動物も、ありとあらゆる生命の始まりと終わりを見届けてきた私にとって、人の願望を知ることは決して難しくない。だからこそ言える。今回は当たりよ」


 今回こそは上手くいく。魂はそうあればいいと思いつつ、やはり信じることなどできなかった。二度目の戦いだらけの人生で、疑う癖がついてしまったのである。


「信じられんな。俺を騙そうとしてないか」

「まあ。天使が魂を騙して、何の得が?」

「それは知らん。だが俺が知るべくもない世界で、何かあるのかもしれん。そもそも、俺を行かせようとしているのはどんな世界だ」

「確実に言えることは、あなたの知らない世界ね」


 男が知っているはずがない世界。彼女は軽くだが説明を添えた。それはこれから発展する予定であり、どんな世界になるかで、アリアナの評価が変わるのだという。


「つまり、俺を使って成績を上げたいということか」

「そうよ」

「はっきり認めるじゃないか」

「私には嘘をつく必要がないわ。ちなみに、あなたが過ごした前世と同じ、あるゲームと瓜二つの世界だわ」

「嫌な予感がしてきた」

「気のせいよ。だって、とっても刺激的な世界なんだから!」


 その後、アリアナは時には甘い言葉を、時には厳しい地獄の情景をチラつかせ、彼を遠回しに説得にかかる。


 しかし話せば話すほど、むしろ男に腹の中を探られている気持ちになった。駆け引きが通じないのか。むしろ戸惑うのは彼女のほうであった。


 男の体感では一時間ほど経過した頃だった。もうこれ以上、話すことが彼にはない。


「さあ、そろそろ適当に決めてくれ。やっぱり地獄でいいかもしれん。俺はもう、」

「いいけど。最後にガチャでもやっていかない?」

「……ん?」

「どうしても私には、あなたが消えていくのは勿体無いと思うのよ。だったらこういうのはどう? 転生したい人生をガチャのように選ぶ。そしてもし、あなたの中で当たりが出たとしたら、転生するっていうのは?」


 この時、薄い紫が濃く光り、炎のように力強くうねった。


「そんなことは、前世の転生ではなかったぞ」

「功績が違うもの。どう? 面白いでしょう」

「しかし、とんでもない役を引く可能性もある」

「何度でも試していいのよ。あなたが一番気に入った人間に生まれ変わらせてあげる」


 魂はその心の動きを示すように、激しく揺らめいた。


「話がうますぎるな。最終的に気に入るものがなかったらどうなる?」

「地獄にでも行けばいいんじゃないの?」

「……それもそうか」


 元より彼に失うものなどなかった。だったらやってみるのもいいだろう。彼は地獄を恐れぬ希少な魂であった。


 同意を得た天使は左手を優雅に上げ、人には理解できない言葉を口づさむ。


 星々が怪しく光り、床から魔法陣が浮かび上がる。まるで雷のような輝きが白い床に降り注ぎ、最初の転生ガチャが始まった。

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