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魔道大国日本、異世界へ  作者: 輪舞曲
8/10

第八話 迫る軍靴



 神聖歴1701年白月(テュレル)

 ドーリッジ王国 エノン伯領 エノン城



 幾度かの戦乱と修繕を経ながらも、ドーリッジ王国の建国以来700年以上、その形を保ってきたエノン城。日本において一般にイメージされるヨーロッパの城と比べると、その迫力はいささか、いやかなり見劣りするが歴史ある古城である。


 その一室、主に会議室として使用されている部屋に、とある珍しい人物が訪れていた。



「───以上が、陛下からの親書の内容です」



 と、フェランを始めとしたエノン領の者たち及び日本国の使節団へと述べた五十歳ほどに見えるその小太りの長めの金髪の男は、ドーリッジ王国王政府の、外務担当官の一人であるエド・テュラ・クラフィであった。



 姓名の間に『テュラ』という前置詞が付いているが、クラフィ家は王国の貴族の爵位を保持しているわけではない。一方で、同家は貴族的な扱いを受けてもいる。


 どういうことかと言うと、クラフィ家は正確にはこの国でゼグゥスと呼ばれる階級に属する。ゼグゥスはいわゆる軍事貴族───それも、はるか昔に軍事奉仕と納税の義務の代わりに領土を与えられた戦士階級の子孫である。

 つまり、古代ローマでいうところのエクィテス(騎士身分)に近い。実際、彼らは戦場においては主に騎兵として活躍する。


 史実でも、かつて騎兵階級は特権階級であった。何故なら鎧の発明以前、乗馬者は自身の大腿で馬の胴を挟んで締め、そうして馬を駆らなくてはならならず、すると必然乗馬、特に軍事目的のものは非常に難度の高いものとなり、乗馬は幼少期からの長期的な訓練が必要な特殊技能であったからである。


 神聖歴1000年ごろに鐙が出現して以降(史実では西暦4〜7世紀ごろ)、騎兵はより強力なものとなり、同時に高い軍事力を持つ騎兵の地位も向上した。そうして力を持った軍事貴族(ゼグゥス)のうち、700年ほど前に王都ヘザーレから程近いアラニヤの城主であったある人物によって建てられたのが、ドーリッジ王国である。



 さて、話を戻すと、エドが述べた内容は、概ね『貴国の国交樹立及び貿易協定の締結の希望を前向きに検討したい』、加えて『それらの調整のために両国の外務担当官の間で会談の場を設けたい』というものであった。


 そして会談の場所はエノンの街と王都ヘザーレの間にある都市アラニヤにある『アラニヤ城』が望ましい、そして日本が外交官を他国深くに入れることの保険として、『飛空艦を街の近辺に帯同を許可する』とも言及されていた。



「なぜ貴国はその地を指定なさったのですか?」


「アラニヤはかつて王国建国の際に初代国王が戴冠した歴史ある地。我が国が如何に貴国との関係を重視しているかを知っていただきたく思ったが故でございます」


「なるほど、なるほど。分かりました。ただ、流石に国交締結のない他国への飛空艦の派遣となると、私一人で迅速に決定することは難しいので、その他の条件を含めて一度本国に連絡を取り、それから判断させていただきたい」



 と、日本側の大使である長田が述べると、エドはそれを了承した。それを見て早速本国へと確認をとりに行ったのか、長田は供回りの者と退室していった。


 そして、王国側の人間しかいなくなったことを確認した上で、フェランはエドへ尋ねる。



「まさか会談場所をあのアラニヤに、それも他国の軍を帯同させるなど、王は一体どういうおつもりか」


「最上級のもてなしをすべき、と綴ったのは貴公であろう?陛下は、最低でも高位文明圏と推定される国家の飛空艦を見てみたいと仰せだ」


「まさか、陛下御自らいらっしゃるおつもりか?」


「うむ。ニホン、と言ったか?その使者たちには伝えるでないぞ」


「未知の国家の軍が近くにいる中で?王は正気を失われたのか!?あまりにも危険すぎるぞ!!」


「私もそう思った。ただ、そもそも友好的姿勢であると言ったのは貴公であるし、高位文明圏に属するほどの文明力を持つ国家が、我らの如き文明圏外の小国を攻めるのにわざんざこのようなまわりくどい手法を使う必要がないだろう」



 エドの説明には確かに納得せざるを得ないし、彼らがそのような蛮行を働くとも思えない。しかし、それは彼らと多少なりとも関わったフェランだからこそ言えることで、それを情報を文で送った程度の王政府が判断するとは、とても正気の沙汰とは思えなかった。



「それに彼の国の出してきた国交締結に当たっての条件、あれは我が国にとって大きなメリットがある。高度な文明力を持つ国家との対等な条件での国交締結など、普通ならばあり得ない話だからな」


「………彼の国の威光を借りて、レバンテ王国に対抗しよう、ということか」


「そういうことだ。高位文明圏クラスの国家と対等な条約を結べる、とあれば流石にかの国もやすやすと我が国に手出しをすることはできなくなるだろう」


「しかし、いくらなんでも焦りすぎではないか?もう少しニホン国の情報を集めてからでも……」



 言いかけて、フェランはようやく気がついた。エドもそれを察したかのように深刻そうな顔で頷いた。



「うむ。元同僚として貴公には話しておくが、実はレバンテ王国が軍を興す準備を進めている、という情報が先日入った。そこでこのように国交締結を急ぐこととなった。戦争となれば当然諸侯には召集がかかる。貴公も戦の準備をしておいた方が良いだろう」


「な、なんと………まさか、彼の国の軍を呼ぶのは、それをレバンテ王国側に見せつけるためか」


「その通りだ。こちら側がレバンテ王国に間者を入れているように、彼奴等も間者を紛れ込ませていよう。それらの者を通じて、ニホンとやらの飛空艦を見せつけ、牽制する」



 レバンテ王国とドーリッジ王国の関係は決して良好とは言えず、むしろ30年ほど前に一度戦を経験した仲である。その時はミレナ公国やかつて存在した南部諸侯と共闘し、なんとか和睦に成功したが、以降もレバンテ王国は勢力を拡大し、南部諸侯を飲み込んでこの大陸で最大の勢力を誇るようになっていた。


 そしてフェランもその時の戦を経験したことがある。その時は亡き父のもとで戦ったことを覚えている。あの時はどうにか相手を退けることができたが、今度はわからない。


 フェランの中に、にわかに焦燥感が浮かび上がってきていた。






 神聖歴1701年白月(テュレル)

 ラダーノット大陸 レバンテ王国

 王都レバンティア



 ラダーノット大陸の南半分の殆どを支配するレバンテ王国の王都レバンティアは、中央に川が流れ、その両岸に街が形成され、その周囲を城壁が囲い、またその周りに街が作られ、さらにその周縁を城壁が囲うという形になっており、人口は20万を超える、大陸における最大都市となっていた。


 史実の中世ヨーロッパ世界で例えるならば、人口だけで言えばパリが近いだろう。パリは全体的に都市の人口が少なかった当時の中世ヨーロッパにおいても、25万人という圧倒的な人口を誇った。



「陛下、順調に侵攻の手筈が整いつつあります。このままいけば、翌月には戦端を開くことも可能でしょう」



 そして、王都レバンティアの中央に流れる川の東岸に、この街でも頭ひとつ抜けて大きいと思われる壮麗な建物がある。これが、100年前に第六代国王が建設したと言われる王城ラオルカンである。


 そして、王城の中央に位置するように設けられた大王の間、それもその階上にある玉座に、一人の壮年の男が座していた。男は短い赤毛に、緑色の瞳を持ち、豪華な宝飾の散りばめられた最高級の品質の衣服を纏いながらも、その鍛え抜かれた肉体が手にとるようにわかった。


 その男こそ、レバンテ王国第十代国王ドグラエル2世バレンシャその人であった。バレンシャとは王都一帯の地方名であり、そしてレバンテ王家の姓でもある。



「うむ。レマンよ、速さは無論のことだが、決して準備を怠るでないぞ。先の戦のように、戦果を焦り大挙して攻め入った結果、大敗することがあっては目も当てられん」



 そしてドグラエル2世の階下に跪くのは、レバンテ王国王軍総司令官フォンヌ・ツィラ・レマンである。レマン家はレバンテ王国の建国時からの臣下で、建国の際の軍事的功績からレバンテ王国中東部にあるロゴンソ城を与えられた。


 そして代々王国の軍事指揮官を輩出する名門の軍事貴族として、その家名は王国で広く知られている。



「はっ、そこに関しては抜かりなく。かつて苦戦させられた南部諸侯はもはやなく、ミレナ公国も内部の争いで早々には動けないでしょう。そして、コルカルム王国とザッファ王国は言わずもがな、()()()()で前回同様に動けませぬ。寧ろ、ドーリッジ王国の敗北が濃厚となれば、ミレナ公国に侵攻するやも知れませぬ」


「つまり、確実、そして出来るだけ短期で首尾よく決着をつける必要がある、だろう?何度も聞いたことだ。そのように確認などせずとも、今回の作戦における、速さの重要性はよく分かっているつもりぞ」


「これは、差し出がましい真似をいたしました。誠に申し訳ありませぬ。確実に、そして最速でドーリッジを攻略し、次いでミレナを掌握します」


「頼もしい限りよ。その調子で励むがよい」



 再び一礼し、レマンは退出する。その背中を見送ったのち、王は側仕えの者を呼び寄せた。これから直ぐに、書類の作業を終わらせなければならなかったからであった。



 レバンテ王国によるドーリッジ王国への侵攻作戦が始まるのは、これから僅か三週間弱後のことであった。






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