第七話 新世界について
神聖歴1701年白月
ドーリッジ王国 エノン港近郊
眩く光を反射する綺麗な砂浜に、異質な鉄の塊が佇んでいる。それは小型船をそのまま陸にあげたような様子であるが、それにしてはやけに角張っていて、海に浮きそうかと問われると疑問ではある。
しかしそれは間違いなく、この国、いやそれどころかこの大陸に存在する全ての乗り物よりも大きだろうことは誰の目にも明らかだった。
「殿、あれでございます」
「うむ、見えておる。やはり、飛空艦の類か……」
そこに、エノン城東門からエノン港へと伸びる街道を通る数人の馬に乗った男たちが現れる。エノン伯にしてエノン城主たるフェランと、アルモンスを始めとしたフェランの部下たちであった。
彼らは皆軽装であったが、フェランのみ儀礼的問題からある程度は服装が整えられていた。そして彼らの後ろには客人用の豪華な馬車が続いていた。
フェランは砂浜に佇む鉄の塊およびその周囲に立つ自身の部下と見知らぬそれぞれ黒と白の服と緑色のまだら模様の服に身を包んだ二人の男を視界に入れてていた。
「しかし、かつて見た皇国のものよりは随分と小さいな」
「はい。ですが、単に小型のものを送ってきているだけの可能性もありますぞ」
「うむ、そうだな。列強の使節が相手と思って接しよう」
そう言うと、フェランのハンドサインによって全員が馬を降り、飛空艦のもとへと歩み寄る。
それはかつて見たものより小さいとはいえ、近づくとやはり大きく見え、フェランは緊張したが出来るだけ顔に出さないように努めたが、他の者は当然見るからに萎縮しているようだった。
「来られました、我らが城主、フェラン・テュラ・レンツ=エノン伯爵閣下です」
おそらくは『ニホン』側の使者と思われる二人の男の近くに待機していたフェランの部下が、彼のことを二人に紹介する。
フェランは出来るだけこちらの威厳を保ちたいとは思いつつも、恐らくはかなり下手に出ることになるだろうのは覚悟して、取り敢えず相手を刺激しないように意識して一礼する。
「おお、お待ちしておりました。大日本帝国外務省新世界局局長の、長田広と申します。この度は城主である閣下自ら我らのもとへと足を運んでいただき、非常に光栄です」
すると、『ニホン』側の外交官も同様に一礼して手を差し出してきた。意図はわからないが、向こう側随分と丁寧な対応にフェランは驚いた。
国力のある国、特に文明圏に属する国家と文明圏外の国家の関係は基本的に、というよりほぼ確実に対等なものではなく、文明圏外の国家は基本的に文明圏の国から見下されており、高圧的な外交を受けるのが普通なためであった。
「こ、これはこれはご丁寧に。本日はいかなる御用でこのような辺境の地に?」
「そうですね、私どもとしては貴国との国交を結ぶことと、貿易協定の締結を希望しております」
「なるほど………それは、我が領邦と、言うことでございますか?」
万一のことを考えてフェランは尋ねたが、そうではないだろうことは内心分かっていた。
ドーリッジ王国は国王を頂点とした王制国家であるが、中央集権的なきらいはあるものの、依然として各諸侯は自領の自治権や裁判権、課税権を当然のものとしてこれを保持していた。
史実でも中世の中央ヨーロッパには『神聖ローマ帝国』なる国家が存在したが、1648年に三十年戦争の講和条約として締結されたウェストファリア条約は、各領邦に完全な主権を認め、『帝国の死亡診断書』と呼ばれた。
一方、ドーリッジ王国の封建制も一見そのように映るが、あくまで外交権は交渉の際に常に中央政府の確認を仰ぐ必要があり、その他にもいくらかの制約が存在するため、統一国家としての体裁及び一定の中央集権が担保されていた。
そのため、フェランは自身のもつ領国の外交権をもってそのように尋ねたわけであるが、彼らが彼らの側で待機していたエノン伯領の外交官であるルーベンスからこの国の最低限の情報は得ているだろうとアルモンスから聞いていたので、おそらく中央政府との交渉を望んでいるのだろうということが容易に予想できた。
「それも勿論魅力的ではありますが、我が方としてはまず貴国の中央政府にお伺いを立てたく存じております」
「はは、やはりそうでしたか。立ち話も何ですから、使節の方々は馬車に乗っていただき、城内へ案内いたします。数日の間滞在していただくことになると思いますが、その間に私の方から王へと執りなし致しましょう」
言いながら、フェランはオサダと名乗った『ニホン』の大使を馬車へと案内する。彼の後には彼と同じく黒色の衣服を見に纏った人物と、緑色のまだら模様の服の男二人が続いていた。
緑の服の者たちは大使やもう一人の黒服の男に従っているようなので、おそらく護衛の兵士か何かでそのために服装が違うのだろうと思った。
しかし、そうすると帯剣していないことが不思議であるが、フェランは彼らが自身よりも遥かに進んだ文明ということで、分からないこともあるだろうと些細な疑問群を頭の隅に追いやった。
魔法歴2040年6月
ラダーノット大陸 ドーリッジ王国
東部第四都市エノン郊外
やはりと言うべきか、中世レベルの国家の馬車の乗り心地はひどいものだった。ただ、想像よりは遥かにマシであったので、なんとか会話が可能な程度の揺れではあった。
「───ということで、実は我々はこの世界については何一つ知らないのです」
と、A大陸派遣使節の副使にして、大日本帝国外務省新世界局A大陸課の課長である直島秀喜の隣に座る男───A大陸派遣使節の正使であり、秀喜の上司にあたる大日本帝国外務省新世界局局長・長田広が馬車の中でフェランに説明する。
そこには飛空艦の中で怯えていたふくよかな中年の男の面影はなく、国を代表する外交官の顔つきであった。なるほど、伊達に局長を名乗っている訳ではないのだな、と秀喜は素直に好感を持った。言葉が通じるとわかった、というのが大きいのかもしれないが。
「まさか、そのようなお話を聞けるとは思いませんでした。しかし、国ごと転移とは………なんというか、そのような神話の如き出来事が起こるなど俄かには信じられませんな」
「ええ。我々も驚いております。しかし我々の調査の結果からして、否定すべくもない事実であると認識しております。ところでフェラン殿、事前にルーベンス殿からある程度の事情はお聞きしていましたが、もう一度この世界について教えていただけませんでしょうか?」
「は、はい。そのような事でしたらなんなりと。そうですね、まず────」
そうしてフェランは、想像よりも小さいとはいえ多少の揺れのある馬車にも慣れた様子で話し始めた。
・この大陸はラダーノット大陸と言い、5つの国家が存在する。北東のミレナ公国、北部のザッファ王国、北西のコルカルム王国、南部のレバンテ王国、そして東部のここドーリッジ王国の5カ国である。
・この世界の人間には大まかに分けて四つの種族がいる。日本人のようなアスタ(地球でいう人間)、ネルア(いわゆる魔人族)、ラクス(いわゆる獣人族)、シエラ(いわゆる妖精族)である。
・人間は最も数が多く、この世界の国の大半は人間の国である。その次に多いのが獣人で、彼らは人間と共存している。魔人は数は多くないが、その名の通り生得的な魔力の保有量が多く、人間や獣人を見下してきた。妖精は魔人よりも数が少なく、見たことがあると言う者も少ない。不思議な精霊の術を操ると言う。
・また、この世界には一般に〝文明圏〟と呼ばれる大陸群が存在する。更に文明圏にも三つの格位があり、上から〝高位文明圏〟、〝中位文明圏〟、〝低位文明圏〟と呼称されているが、文明圏外の国家は基本的に区別せず〝文明圏〟と呼ぶ(高位文明圏は例外となる場合もある)ラダーノット大陸は文明圏外に位置している。
・文明圏の最上位である高位文明圏の中には、抜きん出た国力を持つ7つの〝列強国〟と呼ばれる国家がある。ガリアード帝国、ローレンシア帝国、カナン皇国、ベイラレーゼ共和国、アティカ連邦、ネメシア王国、パンゲア超帝国の7カ国が一般に列強と呼ばれる。
・ラダーノット大陸は、カナン皇国の息のかかったザッファ王国、コルカルム王国と、ローレンシア帝国の影響下にある南部の大陸最強国家レバンテ王国、そして列強の勢力圏に属することのないミレナ公国とドーリッジ王国の2カ国の計五者の並立というふうな構図となっており、レバンテ王国は勢力拡大のため列強の影響下にない2カ国への侵攻を企てていると噂されている。
・この世界でも日本のいた世界と同様の魔法が一般に使用されており、文明の基礎となっている。
「と、私の知っている限りではこのくらいでしょうか」
「なるほど、なるほど。貴重なお話ありがとうございます。よりこの世界への理解が深まりました」
大使は言いながら顎に手を当てて何かを考えるふうな仕草をしている。おそらく自分と大使の考えていることは同じだろうと思った。
列強国との接触を図りたい。そうすれば一気に日本は国際社会に進出できるだろう。未知の世界、文明であるため、警戒するに越したことはないが、日本がこの世界に馴染むための道標が見えてきたような気がした。
「む、どうやらそろそろ、城に着きそうですぞ」
とフェランに言われて、秀喜がちらりと馬車の窓から外へ目をやると、少し先に、それなりの高さの城壁が見えてきていた。
これから自分の携わることが、日本の未来に関わることになるのだろうと思うと、毎度のことながら身の引き締まる思いであった。
なんか新単語を一気に出し過ぎた気がします。
まぁ多分、今は固有名詞系はそこまで気にしないで大丈夫だと思います。