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魔道大国日本、異世界へ  作者: 輪舞曲
6/10

第六話 白鳩

思ったより遅くなってしまいました。



 魔法歴2040年

 A大陸東部沖100km

 上空2500M



 『第伍航空魔道艦隊』の旗艦である航空戦艦『鳳凰』の船体上部、高度の関係から、基本的に搭乗員が滅多に登ることのない甲板。その中央部あたり、不自然に戦艦の前後の上部構造を隔てるように存在するおよそ百メートル、あるいはもう少しあるだろうか、ともかくその程度の四方の、そこだけ僅かに床の凹んだ空間がある。


 そこが小さく音を立てながら、先ほどまで甲板の床を成していた部分が、艦内の天井にスライドして収納されるような形でゆっくりと開き、艦内上部の、小型の航空艦や航空機の収容されたスペースが現れる。


 そこから姿を現したのは、全長約二十メートルほどの小型の航空艦。二七式極小型輸送機『白鳩』である。主に現実世界でいうところの輸送ヘリの様な役割を果たすこの小型航空艦は、小型かつ軽装である一方、その機動力や小回り、体躯の小ささを活かして幅広い場面で活躍する。


 しかし、今回『白鳩』が採用された理由は、主に前半部である。護衛のために付随した『第伍航空魔道艦隊』であるが、国交のない国家の軍、それもこの規模のものが国土上空に無断で侵入すれば、相手にとっては威圧と取られかねず、砲艦外交となる恐れがある。そのため、少数輸送用で軽武装である『白鳩』に白羽の矢が立った、という訳である。



「間も無く発艦します。揺れますので、ご注意を」



 迎賓用に改造された豪華な内装のキャビネットの中で、1人の隊員が席に座る長田大使ら使節団に声をかけた。



「大使、もう発艦するそうですよ」



 それを聞いた使節団の副使──大日本帝国外務省新世界局A大陸課の課長である直島秀喜が、恐らくは聞こえているのであろうが先ほどまでの彼の具合の悪そうな様子から念を押して長田大使にそう告げた。


 すると、相変わらず具合の悪そうにしていた大使は顔を青くしながら弱々しい声音で答える。



「そ、そうか………うぉっ!?」



 ちょうどその時、『白鳩』が離陸(正確には陸地に接していたわけではないのだが)し、機体が揺れた。それにやや大袈裟に思えるような驚き方をした長田大使を見て、半ば引きつつも補助に回ろうとした。



(この人と仕事を共にするのは初めてだが、本当に大丈夫なんだろうか……)



 無論、直島副使を含めたこの場にいる外務省の者たちは、長田大使がもとは『北米局』の局長というポストにいて、実際に多くの外交の場を経験した外交官であるということは知っている。

 だがしかし、現状彼の様子があまりにもそうは見えないため、失礼であることは承知しながらも、そう考えられずにはいられなかった。




 ◆




 神聖歴1701年白月(テュレル)

 ドーリッジ王国 東部第四都市エノン



 ラダーノット大陸東部に位置するドーリッジ王国の中でも、最東部に位置する都市エノン。王都よりはやや低めの石の城壁で囲まれたその街には、大陸最東端の港であるエノン港も隣接している。



 中世ヨーロッパの『都市』は主に五種に分類される。司教座を中心とした『司教座都市』や主に神聖ローマ帝国において見られた『自由都市』や『帝国都市』などがある。


 このエノンの街は『市場都市』と呼ばれるもので、商人のやり取りする市場から都市が始まっており、これらの都市は交易の拠点に多く成立する。無論自治権も有しているが、実質的にはこの一帯を収めるエノン伯の保護下にある。




「今日も異常はなしか」



 そう呟きながら、輸入品である茶葉を使って淹れられた茶を飲む初老の男。彼は都市に隣接するエノン城の城主であるフェラン・テュラ・レンツ=エノン伯爵。苗字からも分かる通り、ここ200年ほどレンツ伯を世襲するレンツ家の分家出身である。


 エノン伯領は元々ドーリッジ王国において古くから続く貴族家門であるエノン家によって世襲されていたが、今から80年ほど前に同家の直系男系が断絶したため、女系ながら最近親である当時のレンツ伯がエノン城伯の称号を継承した。やがて伯の死後2人の子供のうち、次男がエノン城伯を継いだ。その次男の孫こそがフェランである。



 さて、エノンは基本的には平和な街である。国土および大陸の東端であり、東の海には基本的に国家が存在せず、遥か東方には大陸があるというが、わざわざこんな文明圏外の中小国へ訪れる物好き国家もいないため、外敵の脅威にも殆ど晒されたことがなかった。


 しかし、ここ最近の騒動もあって、夜警など市内の見回りやペガサス部隊による上空の監査も行われ、普段よりも警備が強化されていた。


 窓───その大きさは小さく、また周囲は重厚な壁という中世ロマネスク建築を象徴するその要素を兼ね備えた城の小さな窓から、フェランはエノンの街を眺める。



(やはりこの街は良い街だ。人々は穏やかで、争いごとも少ない)



 などと思いながら、自身の宗主である現レンツ伯の顔を思い浮かべる。かつて、フェランの父は先代のレンツ伯と共に先代王の下で大きな影響力を保持し、存分に権力を振るったが、後に失脚し王国政治の主導権を失った。現レンツ伯は、かつての栄光を手にしようと政争に加わり、王国南部に大きな地盤を持つ大貴族で、かつてのエノン家同様王国の初期から続く家門であるエセルジョー家の現当主グラス・テュラ・エセルジョーの派閥に加わっている。

 若かりし頃はフェランも彼と共に自身の名をあげようと思っていたが、結婚して子供が産まれると早々に地元に隠棲した。一方で、今では道を違えたがかつての盟友でもある現レンツ伯を憂えてもいた。



 ドンドンドン!!

 ふいに、執務室の扉が慌ただしくノック───というよりは叩くと言った方が正しいだろうが───された。何事かと思い急いで扉の方へ向かうと、それを待たずして扉の向こうから声が聞こえた。



「殿!一大事にございます!!」



 その声で直ぐに察してはいたが、扉を開けるとやはりそこに居たのは長らくフェランに仕えてきた老臣アルモンスであった。


 扉の外にはメイドが侍っており、普段であれば彼女を通して扉が開けられる。城主の執務室の扉をこのように叩くなど普段ではあり得ないことであるが、それだけの事が起きたのだろう。内心にやや不安な気持ちを抱きながら、フェランは自らその扉を開けた。



「どうした、アルモンス」


「都市部東門の外れの海岸に、『ニホン』、なる国家の使者を名乗る者達が現れました。殿との面会を希望しておりました故、ご無礼を承知でかように報告に参った次第です」



 扉を開けるなり、片膝をついて跪いたアルモンス。まさか未知の(少なくとも中央政府とは距離を置きながらも、貴族としてこの国基準ではそれなりに教養を持つフェランから見ると、であるが)国家が我が街にやってくるとは。こんな事態は生まれて初めてである。



「『ニホン』、と言ったか?……聞かぬ名だが、新興国か?」


「………私めにもどう申し上げれば良いのか分からないのですが、ともかく、ともかく殿に来ていただきたいのです」



 フェランはやけに焦った声音でそう上申する老臣に、思わず訝しがらずにはいられなかった。



「む、使節団とやらもうこちらへ向かっているのか?」


「いえ、使節団の面々には彼らの『()()()』に留まってもらい、殿に彼らを出迎えなさってもらいたく存じます」


「それは一体どういうことだ、アルモンス?幾ら使節団といえどワシ自ら出迎えるなど、下手に出ていると取られ兼ねんぞ。使節に相当な賓客でもおったのか?」


「そ、それは………実は……」



 普段の彼の様子からすると珍しく言い淀んでいるアルモンスであったが、未だ状況を把握していないフェランはやや問い詰める様にして彼にその訳を尋ねる。



「一体どうしたというんだ?早く述べよ」


「そ、その使節団は()()()に乗ってきております」


「な、なにっ!?」



 民草、領主・貴族でさえも中央、特に外務系に関わりのない者たちは知らないことであるが、空飛ぶ船、『飛空艦』は〝文明圏〟の中でも最上位の〝高位文明圏〟、さらにその中でも飛び抜けた国力を有する『列強国』の一角、カナン皇国の軍事力の象徴である。


 かつてフェランが中央政府に勤めていた際、アルモンスもそばに従事しており、二人はとある外交の職務で〝文明圏〟に渡った際、皇国の飛空艦隊を目撃していた。



「そ、それはつまり、『ニホン』という国は少なくとも〝高位文明圏〟クラスの国家というではないか!!」


「はい、つきまして殿が───」


「分かっておる!支度をしてくれ、すぐに向かう!!」



 フェランはすぐさま使用人を呼びつけ、自身の服などを整えさせながら、東(東側に窓はないため、正確には壁であるが)側を眺め、驚愕と困惑に包まれていたのだった。




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