第四話 異世界への旅立ち
先日12月25日はクリスマスでしたね。
皆さんは今年のクリスマス、どのようにお過ごしになられましたか。
魔法歴2040年6月
大日本帝国 東京都中央府 第一東京
千代田区霞ヶ関 外務本省 西棟
既に大きく傾き、西の空を染めながらに沈みゆく太陽の茜色が、カーテンの隙間から室内へと溢れ出している。
しかしながらそれを跳ね除けることせず、ただ穏やかに包むような白い光に晒されたその室内には、スーツ姿の2人の日本人がいた。
「───で、お前がその使節の副使として選ばれたってわけか」
1人は、外務省総合外交政策局の副局長を務める大吉祖 久慈である。子爵家の三男だったが、その学才から帝都第四大学を卒業し、42歳ながら副局長にまで上り詰めた秀才である。
「あぁ。何せ転移後初めての未知の国家との接触だ。責任重大だよ」
そしてもう1人は、外務省に六つ存在する地域局の中で、転移後、今回の件に対応するために新設された『新世界局』の『A大陸課』の課長を務める直島 秀喜で、今回の未知の大陸───政府の間ではこの大陸の仮の呼称として『A大陸』を採用している───への外交使節派遣の副使を務めることになっている。
久慈と秀喜は同じ大学の同期で、それも同じく子爵家の出身であったことから、学生時代から関わりが深かった。そして2人とも卒業後に仲良く揃って外務省に入局したというわけである。
「いくら『第伍艦隊』が護衛に付くとは言え、ここは新世界、俺たちに取っては全く未知の世界だ。言葉の壁もあるだろうし、大きな危険が伴う任務なのは明白だ」
「はは、まぁそれだけ大事な任務でもあるさ。日本がこれから、この世界で生き残っていくためには。それに実際正面に立って交渉するのは主に正使である局長だしな。あの人が一番大変だろうよ」
「確かにそれは間違いないな」
そう言って2人は同僚としてではなく、学生時代からの旧友として共に笑い合った。
そしてそれから二日後、直島ら外交使節を搭乗させた旗艦『鳳凰』を含む、大日本帝国の誇る『航空艦隊軍団』が一軍、『第伍航空魔導艦隊』が、千歳航空基地を出立し、樺太島を経由して『A大陸』へと向かうこととなった。
◆
神聖歴1701年白月
ドーリッジ王国 王都ヘザーレ 王城 王の間
「未だ、例の飛行物体の詳細は掴めず、か」
王城の中でも会議室に次いで大きなスペースを占めているのがこの王の間であり、唯一の出入り口となっている木造の大きめの扉を開けると正面の、少しの段差がある上に玉座が存在し、そこにこの〝文明圏〟外の大陸の基準から考えればかなり豪華な服を着た金髪の男がいた。
彼こそがドーリッジ王国の第17代王、ラス・ラカル4世である。40代半ばであるが、ここ最近の様々な混乱などもあって疲れているのか、もう一回りは老けているように見えた。
「はい。東部の警備のペガサス兵を増やし、警戒を厳としている状況ではありますが、あの飛行物体も再度現れたという報告もなく……」
国王の御前で報告しているのは、王の従弟にあたる軍務上級担当官ハルゲン・テュラ・ヘザーレ伯爵である。彼もここ数日は例の出来事関係した作業や軍務の再編などに追われているためか、少しばかりやつれて見えた。
「申し訳ございませぬ。陛下から国の軍務を任されていながら……王都上空に正体不明の飛行物体の侵入を許した挙句、その撃退どころか、調査さえ儘ならないとは」
「仕方あるまい。あれ程の飛行物体を見るのは、儂も生まれて初めてだ。その昔に〝文明圏〟のラブランチ王国の視察に行ったことがあっただろう。あの時に目撃した『飛龍』も確かに凄まじかったが、あれはそれ以上のものだった。〝文明圏〟の国家であったとしても、あれを撃退するのは容易ではないはずだ」
ラス・ラカル王はそう言って肩を落とすハルゲンを慰めた。2人は従兄弟同士といえど、先代によってこの王城で共に育てられ、歳の離れた兄弟に近い間柄であった。そのため、王もハルゲンを腹心として信頼しているし、ハルゲンも王への忠誠をもって誠実に業務に励んでいた。
「陛下……なんと有難いお言葉か。このハルゲン、必ずや貴方様のご期待に応えて見せまする」
「お前の心構えは素晴らしい。が、そう固くならずとも良いではないか?昔のように……従兄上と呼んでくれても良いのだぞ、従弟よ」
家族を慈しむような声音で王はそうハルゲンに声をかける。しかし、ハルゲンは畏れ多いといった様子でさらに頭を下げる。
「私的な場ならばいざ知らず、公的な場で陛下をそのように呼ぶのは私めにはとても……」
「ならば報告はこれで終わりにしよう。これ、酒をもってこい。コルカルム産の蒸留酒だ」
王は手を叩き、側仕えの召使にそう声をかけた。すると、すぐさまその召使は王の間を出ていった。ハルゲンは急な王の言動に驚きつつも声を上げる。
「へ、陛下!?私はこれから軍務担当官達との打ち合わせが……」
「夕食後も働くとは結構なことだが、今日は休め。顔を見れば分かる、近頃碌に休んでいないだろう。少しばかり息抜きが必要だ。そう心配するな、担当官らとの打ち合わせと言っても、どうせ今回の件について『未だに詳細不明です』と述べ合うだけであろう?」
たしかに、普段は月二回ほどの一定期で行われる担当官たちとの会合も、ここ最近は連日連夜行われているが、全くと言って良いほどその進展はない。しかし今日こそは何か進展があるかもしれないし、ハルゲンは責任感の強い男のため、上級担当官である自身が無断で欠席してはならぬという強い思いがあった。
ただそ一方で、恩義もある王からの提案とあっては早々断り辛いことと、王の言うことにも一理あるというのもまた確かであり、それが彼を余計にたじろがせた。
「うむむ……それは、そうではありますが……」
「そうであろう、そうであろう。私と語らうのもお前の大事な仕事の一つのようなものだ、と思って付き合ってはくれぬか?」
遂には玉座から降りて直々にハルゲンの前まで降りてくる国王。すると丁度、先ほどの召使が再び出入り口の木造扉を開けて、数人の使用人とともに数本の酒を持って王の間に入ってきていた。
「おぉ、酒も丁度きたようだぞ。どうだ、ハルゲンよ。ここまで来たら飲むしかあるまい?」
「……分かりました。ただ、担当官たちに王との談合で欠席する旨だけは伝えたく存じます」
「それならば安心せい。お主が来た時、既に使用人に命じて伝えさせてあるからな」
衝撃を受けたまま固まっているハルゲンの肩を、王は歯を見せてニカリと笑いながら叩いた。そしてハルゲンの横を通り過ぎて、後ろの使用人たちのもとへと歩み寄る。
「お主たちもご苦労であったな、ほれ、これは私からの気持ちだ。今宵は共に飲もうぞ」
そう言って、召使達だけでなく、その場にいた衛兵達にも酒を配ってしまった。流石に衛兵は警備上の問題から若干遠慮していたが、最終的にはハルゲンと同じく、王の熱量に押される形で受け入れてしまった。
ハルゲンはそんな王に呆れつつも、昔から変わらない従兄の姿に、ふと顔を緩めた。
今年の投稿はこれで最後になります。次話は、元旦に投稿予定です。
皆様、良き年末をお過ごしください。
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大吉祖と直島2人の年齢を若干変更しました。