第二話 異質なる接触2
ちょっと早めに投稿。
魔法歴1701年白月
ドーリッジ王国 王都ヘザーレ
ラダーノット大陸東部に位置するドーリッジ王国。その王都ヘザーレは、王都などという大層な名前もついているが、規模の大きいモットアンドベイリーのような程度のものでしかない。しかしそれも、この大陸の文明レベルならば仕方のないことであった。ラダーノット大陸は、〝文明圏〟の外の、(この世界の国際基準で言えば)蛮族国家であるためだ。
しかしそれでも、石像のキープの周りに木造の家々が連なり、これもまた木造の柵がそれらを囲うようにしていた。そして柵の外側には、家々と畑が広がっている。すぐ近くにジュビ湾という小さめの湾があり、王都はそのジュビ港と直接連結している。人々の数も多く、港へ停泊する船の数も、それらが積んでいる商品もそれなりの数がある。
さてそんな王都ヘザーレであるが、上から下まで蜂の巣を突いたような大騒ぎとなっていた。
なにせ、途轍もなく大きな飛行物が、王都上空へと近づいているのだから。
「一体なんなのだ、あれはっ!?」
そう王都東の物見櫓の上から、東の空に見える巨大な飛行物を眺めながら叫ぶのは、ドーリッジ王国騎士団第一部隊の隊長であるセレウスである。
彼の疑問に答えられる者は、その場にはいなかった。皆も、アレが何なのか分からず、不安がっているのだから。
「くっ、どうにか王都に来るまでに仕留められないのか!?」
「駄目です、弓も魔法も全く届きません!!ペガサスよりも遥か高い位置を飛行しているようです!」
部下の報告にセレウスは頭を抱えた。ペガサスよりも遥かに高い位置を飛ぶものなど、一度も見たことがない。考えられるとすれば、龍であるが、この文明圏外の地では滅多に見かけない。いたとしても、せいぜいが最小のワイバーンだが、それも本当にごく稀な場合だ。
だが、今セレウスの目に映るそれは、ワイバーンよりも遥かに大きい。仮に龍だとしたら、もしや『炎龍』や『王龍』といった類の上位種としか思えない。だがもし仮に敵対的な上位龍の場合、こんな文明圏外の小国家は、瞬く間に滅されてしまうだろう。
(この街には私の妻が、娘が……家族がいるのだ!!絶対にこの街を危険に晒すわけにはいかない!!だがしかし、一体どうすれば!?)
かつてない脅威に、頭を抱えるセレウス。解決策も見出せないままに、あの飛行物が街の上空へ到達してしまう、と焦っていた時、隣の部下が大きく声を上げた。
「あっ!!対象が旋回して………引き返していきます!!」
「なんだと??」
その声につられて先程まで飛行物がいた、東の空へと目をやると、それは大きく弧を描いて旋回し、こちらへとそのやたらと無機質な機体の腹を見せつけるようにしつつ踵を返して、東の空へと引き返していった。
「と、取り敢えず助かった……のか?」
セレウスは安心して力が抜けたのか、物見櫓の柵に掴まったままその場にへたり込んでしまった。が、直ぐにそれを心配した部下に支えられてながら立ち上がり、再び飛行物が飛来し、そして引き返していった東の空を仰ぐように見つめていた。
翌日
ドーリッジ王国 王都ヘザーレ
ラダーノット大陸北中部に位置するドーベリッジ王国。その王都ヘザーレの石造りの王城───と言っても一回り大きい輪形キープに毛が生えた程度のものでしかないのだが───は、昨日現れた謎の飛行物に関することで大騒ぎになっていた。
圧倒的な巨大さ、速度、高度を誇る正体不明の飛行物が、王都の上空にいとも容易く侵入したのだ。その衝撃はとてつもないものだった。現に王都市民の間にも不安が広がっている。
「昨日、この王都上空に現れた謎の飛行物体についてですが、『天翔騎士団』の第一部隊からの報告による東の空からやってきたということと、この街の多くの人々が見た通り、王都付近まで接近して東の空へ帰って行ったということ以外、今のところ全くと言っていいほど何も分かっていません」
王城にいくつかある部屋の中でも、多くの政務官たちを収容できるように最も大きく作られた会議室で、上から見て半円状に並べられた椅子に座った政務官達が、王の御前で議論をしていた。
その中で、中央の壇上に、眼鏡をかけた理知的なその内面を窺わせる金髪の男がその場にいるものたちに報告をしていた。彼はおそらくは30代くらいであろうか、顔に多くの皺を刻んでいる他の政務官たちと比べて一回りも二回りも若く見える。
実際、大抵の者にその男、軍務上級担当官ハルゲン・テュラ・ヘザーレ伯爵は現王の従弟にあたるため、その若さでの上級担当官就任は王族のコネで出世した結果だと受け取られている。
「何だと。1日もあって、何もわからんのか」
そう告げたのは、財務上級担当官であるグラス・テュラ・エセルジョー侯爵である。エセルジョー家は王国南部に地盤を持つ有力な政治家門で、彼もまた実家のコネのために現在の地位にいると囁かれている。グラス自身は実力によるものだと思っているため、本人の前では誰もそんなことは口に出さないが。
というか、この国どころか大抵の国家では王侯貴族が政務官を務めるのが通常であるため、そのことにそこまで違和感を持つものはいないだろう。ただ、ハルゲンとグラスは他者にそれが『露骨』に見えると言うだけの話である。
しかし彼のことをよく知らない者でも、彼の円を描いたふくよかな体の輪郭と、額など顔の所々に滲んだ脂汗を見ればいかにも縁故主義で出世した貴族というイメージを持ってしまうだろう。
「ええ。あまりにも情報が少なすぎて、これ以上は現状では龍の類の可能性がある、ということ以上はとても………恐らくは先月確認された東の空の赤い光と何らかの関係があるだろうことは考えられますが、それよりも現状最大の問題なのは、あれが敵対的であるか否かという点です」
「確かに、そうであるな。だが、私は少なくとも敵対的ではないと思うぞ。現にアレはこの街を攻撃することなく去っていったではないか?」
その場の上級政務官の中でも最年長である外務上級担当官のロンゾ・テュラ・アバルチ伯爵は穏やかな声で自身の考えを述べた。幾人かの政務官たちが彼に同調するように頷いている。
すると、王都警備部隊の隊長であるクァンゼが挙手をして声をあげる。彼は獣人と人間のハーフであり、全体的に毛深い大男である。
「私も概ねそのように思います。が、王都警備部隊の責任者としては、そもそもあれの侵入を許した軍の怠慢に衝撃を受けております」
「それは、誠に申し訳ない。しかし、あれは現状の我が軍では撃墜はおろか、攻撃を届けることすら不可能です。そしてそれは、我が軍のペガサスだけでなく、〝文明圏〟の龍を用いたとしても同様でしょう」
「な、何ッ!」
その場の誰もが驚愕する。〝文明圏〟に存在する龍といえば、ペガサスよりも大きく、速度、旋回性能共にペガサスを凌ぐ、正しく『空の王』。文明圏外の国家はその恐ろしさに怯え、そしてその力を羨んでいる。〝文明圏〟の外の国家にとって、それは畏怖の象徴でもあった。
そんな『空の王者』たる龍でさえ、あれには敵わないのか。この場にいる者たちの中には、機会があり〝文明圏〟の飛龍兵を見たことのある者たちがいる。彼らにしてみれば、かつて自国のペガサスとの圧倒的な差を見せつけたその飛龍よりも圧倒的である、というのは遠巻きとはいえ実際に目にした上でもなお信じ難いことであった。
しかし、ハルゲンも実際にその目で飛龍兵を目撃したことのある者であり、その彼が言うことの信憑性を理解できないほどの愚者たちの集まりでもなかったため、少しの間沈黙が広まる。
「そんなものがこの世界に存在するのか……」
「〝文明圏〟の国家が軍事利用するという飛龍の上位種の存在は聞いたことがあるぞ。その可能性は?」
「だが、報告によるとその飛行物体とやらは東からやって来たのだろう?〝文明圏〟とは逆方向ではないか」
「では、そもそも野生の上位龍ではないのか?」
「いや、他の魔法生物やも……」
日が暮れるまで議論は続いたが、結局確たる対策や飛行物の正体に関する結論は出ず、会議は打ち切られた。そしてその会議での内容をまとめたものが、上級担当官達によって国王ラス・ラカル4世に報告された。
第三話は予定通り明日の昼投稿です。