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09.棄てられ令嬢確かめる。

 




 その夜、まあもう慣れたと言うか予想していたと言いますか。案の定胸の痛みに苛まれ、猫になりました。

 そして今宵も当て所もなく屋敷を、と言うわけではなく。

 私は目的をもってある場所に向かっていました。


「やっぱり居た。おいで」


 目的、即ち昨夜と同じ場所でリメリアさんと顔を合わせると、差し出す手にぴょんと飛び乗ります。

 さっきの今で少し気まずくはありますが、どうしても一つ確かめたいことがあるのです。


 お題目は、リメリアさんと一緒に居ることは猫化を戻す要因になっているのか。


 そろそろ私も学んだわけです。私が猫から戻った三回ともに共通する条件が、リメリアさんが近くに居たことと、彼女の寝室であったことの二つだと。

 そうなるとこの辺りではっきりさせたいわけです。リメリアさんの近くに居れば、本当に元に戻れるのかどうかを。

 一番良いのは寝室から出て、リメリアさんをどこかに連れ出すことなのですが、こんな時間に連れ回すのは迷惑なのでそこまではしません。

 そこはまた追々、ということです。


「ほら。降りて」


 リメリアさんに促され、いつも通りにベッドに降りようとした時、ふと、ある考えが頭を過りました。

 リメリアさんが要因なら、密着していれば速く戻るのでは? と

 後から考えれば何故こんなことを、と思うのですが、疲れもあって、この時はそれがとてつもない名案に思えたのです。


「みゃー」

「降りないの? 仕方ないわね」


 私を抱えたまま、リメリアさんがベッドに腰かけます。

 膝の上にちょこんと乗るような形になった私を、シトラスみたいな香りが包みました。


 な、なんでしょう。なんだかドキドキしてきましたよ。

 そこはかとない背徳感まで感じてしまいます。


「わ、くすぐったい。暴れないの」


 身じろぐ私の喉元を、リメリアさんがくすぐるように撫でました。

 それだけで私の身体からふっと力が抜けて、耳がペタリと横になります。

 こ、この気持ちは……?


 初めての感情に戸惑う私を他所に、リメリアさんは優しい声で私に語り掛けました。


「今日ね、仕事を手伝って貰ったの。この間話した、新しい人」


 ふにゃふにゃになっていた私ですが、降って湧いた我が身の話に尻尾と毛がそばだちます。

 聞き逃さないよう聞き耳を立てていると、くすり、と空気の漏れたような音が頭上で鳴りました。


「嬉しかったな。あの言葉」


 冷笑でも作りモノでもない、飾らない素顔でリメリアさんが笑っていました。

 彼女の笑顔は、間違いなく私の見たかった物です。

 見たかったものですけれど、その笑顔は満面というにはどこか別の色が見え隠れしていて、快晴の奥に見える暗雲のような不穏さがありました。


 彼女は私を優しく撫でながら、話を続けます。


「信じられる? その人はこの私を信じる、だって。そんなの言われたこと無いから、嘘でも嬉しかった。……いつも通り誰かの差し金なんだろうけど、それでも」

「みー……」


 笑顔は、長く続きませんでした。

 川底の汚泥のように積もった彼女の傷が、それを邪魔するのです。

 暗雲の正体は、きっとこれ。最後には裏切られるという、諦め、でしょうか。

 幾度もの経験が、彼女に素直でいることを許さないのです。


 嘘でも、差し金でもないんですけどね。

 どうすれば、それを伝えられるでしょうか。


「にゃん」

「そうね。彼女みたいな人と本当に親しくなれたら、それはきっと素敵なことでしょうね。私なんかと違って」

「にゃうぅ」


 また、諦め。

 声の出ないこの身体がもどかしいです。この姿でなければ、色々と知ることが出来なかったのも事実なので、余計に。


 私はもどかしさをぶつけるように、彼女に身を寄せました。

 そんな顔をさせるくらいなら、何も考えなくていいので私と遊びましょう、と。


「もう、くすぐったいったら」

「みゃー」

「こら」


 リメリアさんが私の耳を触ろうとして、その手をスルリと抜け出しては身体を丸めて挑発する。

 そんな風に二人でじゃれ合っていると、じくり、と胸に疼くような痛みが走りました。

 突如ピタリと身体を止めた私を、リメリアさんが不思議そうに眺めます。


 まずいです。何がまずいって今の私はリメリアさんのふとももの上で寛いでいるわけで……。

 仮に目の前で元に戻るにしたって、この体制だけはありえません。


 私は彼女の下を全身全霊で抜け出すと、その勢いでドアに体当たりをします。

 幸いなことに、それで事情を察したリメリアさんが扉を開けてくれたので、なんとか最悪の事態は免れました。


「またね」


 後方、名残惜しそうに手を振るリメリアさんが、どんどんと遠ざかっていきます。

 必死に手足を動かしている内、私はなんとかその姿のまま部屋に帰ることが出来ました。

 これで一安心です。部屋なら、誰にも見られることはありませんから。




 安堵の中眠りに落ちた私は翌朝、枕に埋めた顔を離すことが出来ませんでした。

 何やってるんですかあの馬鹿猫は。


 昨日、解ったことが二つあります。一つは、やはり身体を元に戻すのにリメリアさんが何か関係ありそうなこと。

 もう一つは、猫になると性格が若干そっちに引っ張られるというか、理性が甘くなると言いますか……。



 動くたびにどこからか香るシトラスの香りが、顔の熱を余計に煽りました。



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