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32.棄てられ令嬢鼓動する。

 


「これで一件落着、でしょうか」

「後処理はまだ残ってるけど、大体はそうね」


 夕暮れ時、長い廊下を歩く私とリメリアさんを、窓から差し込む赤が照らしました。

 ルチアに端を発する一連の事件から丸一日、こうして屋敷を連れ立って歩いていると、ようやく日常へと帰って来たのだと実感します。


「軟禁と減給。今なら内々の事で収められるとは言え、随分軽く済ませたわね。その辺りは一任したし文句があるわけでは無いのだけど、フェイは本当にいいの? 冤罪一歩手前だったわけだけど」

「最後は丸く収まったので気にしてませんし、仮に罰したいって言っても、いざ罰を与えるのはリメリアさんでしょう? 絶対、平気な顔して引きずるじゃないですか」


 ほら、目を逸らした。やっぱり図星じゃないですか。


「それにリメリアさんだって、ルチアに不幸になって欲しいわけじゃないでしょう」

「それは……そうね」


 リメリアさんが立ち止まり、窓から覗く庭園を見下ろします。


「腹の内はどうあれ、彼女の働きは尊敬に値するものだったから」


 瞳に思い出を滲ませて、リメリアさんが窓辺にそっと指を這わせました。

 それに浸れるのも、ルチアのお陰とばかりに。


 そしてルチアはきっと、この人の視線の先にある物をこれからも守ってくれるでしょう。リメリアさんにとって、何にも代えがたく大切な物を。

 結局私が一番大事に思っていたのは、そこだったのかもしれません。

 出来るならルチアに何かあって欲しくないというのも本心には違いありませんが。


「なら全部まるっと元通り。これで平穏無事にめでたしめでたしですよ」


 私はこんな風に貴女と夕焼けの中を歩いているだけで、満足ですから。


 リメリアさんに寄り添うように私も窓辺へと背を預けると何故か、その視界にどことない既視感を覚えます。


「あれ、この場所って」

「気付いてなかったの? ここはいつもの夜の待ち合わせ場所よ」


 道理で見覚えがあるわけで。

 いつもは窓際に登っているわけですが、身体の大きさが変わると見え方も随分と違うと実感します。


「それにしても、あの猫がフェイだったなんてねえ。毎夜顔を合わせていたのに全然気が付かなかったわ」

「その節はすみません。騙すつもりは無かったんですが」

「いいのよ。事情も聞いたし、怒ってるわけじゃないから。独り言を全部聞かれてたのはちょっと、恥ずかしいけどね」

「すみません、本当に……」


 赦して貰えているからなんとかなっていますが、あれは一歩間違えなくても盗み聞きだったわけで。

 けどあれが無ければリメリアさんと仲を深めることも無かったと思うと、複雑なところです。


「いいのよ、本当。思い返してみると、あの人懐っこくて甘えたがりがフェイだったと思うと、それはそれで気分も良いから」

「わー! そっちは忘れてください! 違うんです、獣化してると意識がそっちに引っ張られがちで……」


 私の言い訳に対し、リメリアさんが揶揄うように笑みを浮かべました。

 うぅ、顔が赤いのも熱いのも、全部夕日のせいです。そうに違いありません。


「大体、リメリアさんだって満更でもなさそうだったじゃないですか」

「そうね。予めフェイだって知ってたら、もっと満更でもなかったかも」

「そうやってまた……冗談もほどほどにですね」

「あら、私は結構本気よ?」


 夕日よりも深い赤いに見つめられ、心臓が自分の物じゃないみたいに飛び跳ねました。

 そこに合わせたように速くなった血の流れまでが、嫌に知覚出来てしまいます。


 な、なんでしょうかこの気持ちは……?


 何故だかリメリアさんと目を合わせていられなくなり、私は思わずふいと顔を逸らしました。


「ま、まさか拾われた時はこうなるなんて思いもしませんでしたね。偶然に偶然が重なったわけですけど」

「そうね。あの日偶然拾った猫が貴女で良かった」


 逃げようとした私の身体を、それこそ子猫でも相手にするように、リメリアさんの腕がするりと捉えます。


「私はね、ずっと去る者追わずでいいと思ってたの。それがお互いにとって幸福だって。だからあの日拾った猫が二度と顔を見せなくたってそれが当たり前で、それでいいと思ってたのよ」


 だけど、と続け、彼女は私を抱き寄せます。


「今はもう、そんな風には思えない。貴女のせいよ。責任は取ってもらうから」


 唇までが触れあってしまいそうな距離で、真紅が私を射貫きます。

 思わず魅入られてしまうようなその瞳が段々と近づいてきて……私の中でポンと、何かが沸騰するような音が聞こえたような気がしました。


 目の前でリメリアさんが何か言ってるのですが、頭が妙にふわふわとして、声は聞こえているのに言葉が入ってきません。


「……ちょっと加減、間違えたかしら。フェイー? 聞こえてる?……ダメね」


 浮遊感に囚われて空から帰って来れない私を、リメリアさんがずるずると引きずっていきます。


 私の意識が地に足付けるのは、もう少し先のことになるのでした。





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