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31.棄てられ令嬢和解する。

 

 ペンの音一つない静寂の中、いつもとは雰囲気を異にした執務室で私とルチアが向かい会います。


 さきほどの私の言葉でルチアの瞳に真剣みが増しましたが、現状それは必ずしも良いとは言えません。

 どちらかと言うならば、今の彼女は臨戦態勢と言った感じですから。

 だからと言うべきか、静けさを割って先に仕掛けたのは、やはりルチアからでした。


「大事な人って、自分の父のことっすよね。助けたとしてそっちに何の得があるんすか。それとも、脅しっすか」


 ルチアの瞳が、キッと細められます。

 そこに宿る感情は大部分の覚悟と、僅かなやけっぱち。

 さきほど捕まった時点で、ルチアは恐らく覚悟をしたのでしょう。自身はここで死ぬという、覚悟を。

 だからこそ今のルチアは、自分ではなく誰かを守ることにシフトしているはずです。


 これを懐柔するのは至難。分かっていたとはいえ、説得は簡単なことではないようです。


「まず利害関係をはっきりさせましょうか。得はありますよ。ルチアの裏に居る誰か、私たちはそれを知りたい。本当の敵はそちらだと思っているんです」

「だったら尋問すればいいじゃないっすか」

「それだと情報の真偽が、今少しはっきりしないものになってしまいます」


 悪意よりも善意、害より利。そっちの方が話がより信用できると言っていたのは、私に社交を教えてくれた先生だったでしょうか。


「だから互いに望むもので取引したいんです。一方的に聞き出すよりも」

「理屈はわかったっす。……けど感情の方は?」


 ごくりと唾を飲み込んでから、悲愴な覚悟を持ってルチアは核心へと踏み込みます。


「自分はあんなことをしたんっすよ。あの公爵にも、フェイにも。恨んで当然、何かされて当然なんっすよ。なのになんでこっちに配慮する必要があるんすか。正直、信用できないっす。大体、こんなことになった腹いせにこっちが嘘を吹き込むかもしれないっすよ」


 震えを隠した声で、きっと最後は意図的に憎たらしく、ルチアはそう口にしました。

 私が変に気をつかったり、引きずったりしないように。


 それを見破れないほど付き合いが浅いと思われているのは、少々不服ですが。


「そう、ですか。じゃあ考えが変わるように、私がそうしたいもう一つの方の理由を言いますね」


 ルチアとこうして対面で話して、わかったことがあります。

 それはあそこまでされても、私がルチアを切りたくないと思っているということ。

 結局、私は何処まで行っても、ルチアを恨み切ることなんて出来ないのです。


「出来るなら、私はルチアにも不幸になって欲しくない。疑うよりも信じることで笑い合える道があるなら、私はそちらを行きたいんです。もちろん恨んでないかと言われれば、恨み言はあります。だけどそれよりも、色々教えてくれた感謝だったり好意の方が大きいので」


 そこまで漂っていたのとは別種の静寂が流れ、ルチアが咀嚼をするみたいに瞼をぱちぱちと開け閉めします。


「……なんすかそれ。そんな理由で、わざわざ公爵を害した相手に、取引なんて言い出したんすか」

「そうですよ。だってルチアの話は面白いですし、お仕事も丁寧じゃないですか。……それとも、私の言葉はまだ疑わしいですか?」


 ルチアはようやく言葉をかみ砕き終えると、眉間に走っていた皺を弛緩させ、そのままソファーに崩れ落ちました。


「いや。なんていうかもう、どーでもいいっす。そういう人なのは知ってたつもりなんすけどねえ。まさかここまでとは」

「じゃあ!」

「はい。フェイの言葉は信じるっす。だけど」


 木枯らしにでも吹かれたようにぶるりと身を震わせ、ルチアがこの部屋本来の主の机を流し見ます。


「公爵は、そうじゃないかもしれないっすよね」

「私が間に入りますから。悪いようにはなりませんよ」


 リメリアさんだって、誰も不幸にならないならそっちの方がいいに決まってるんです。

 血濡れの公爵のそれを信じて欲しいというには、今少し足りない物が数多くありますが。

 だからこそ、私が間で調整するわけです。


「大丈夫です。信じてください。私たちはルチアの味方になれるはずです。だから話してくれませんか。貴方の父が今、どういう状況にあるのか」

「そこは嘘でも先に、黒幕についてって言うところっすよ」


 ソファーに身を預けたままのルチアは揶揄うように笑うと僅かばかり宙を見つめ、それから全てを話してくれました。


 曰く、ルチアの一族は元々珍しい獣化の魔法が使えたこと。

 庭師として働いていた時に、それを偶然ある貴族に知られてしまったこと。

 それからはずっと、その貴族に便利使いとして飼われていること。

 そしてそれに反抗した父が囚われて、その命を対価に自分が従わされているということ。


 それはこの世界にはありふれた、けれど許し難い事実でした。


「その貴族の、名前は?」

「イスタッカ、という家名っす」


 ガタンと、部屋の隅で何かがぶつかったような音がしました。


「今のは、何の音っすかね」

「さ、さあ? 猫か犬でも居たんじゃないですかね」


 ……何やってるんですか、あの人は。一対一じゃ不安だからって、個別で話そうとした私を押し切ってそこに居るのに。


「とにかく、ありがとうございました。ルチアのお父さんは、絶対どうにかして見せます。ルチアも全くお咎め無しとはいかないでしょうが、出来るだけ軽くなるように」

「罰則があるのは当然っすね。父のこと、任せました」

「任されました。それとすみません。しばらくはお屋敷に軟禁状態になると思うんですけど、大丈夫ですか」


 それも当然とばかりにルチアは受け入れ、文句ひとつなく外鍵のついた一室へと自ら収まりました。

 そしてそれを見送った私は、再び執務室へととんぼ帰りです。


「それでこういうことなんですけど、良かったですか?」

「勿論、全部なんとかしてみせるわ。せっかくのフェイの頼みだもの」


 無駄にごてごてとした装飾の本棚が動き、その後ろからリメリアさんが姿を見せます。

 心配性のこの人は私とルチアの話合いの最中も、ずっとこの書庫に続く通路に居たのです。


 ここ、寒いんですけどね。


「はい、これ。お体を冷やしてるのではと思い、途中で毛布をとってきました」

「ありがと」


 リメリアさんは礼を言うと毛布にくるまり、もこもこの状態で自分本来の席へと腰を据えます。


「それにしても、イスタッカ。やってくれたわね」

「お知り合いですか?」

「えぇ。とても」


 リメリアさんの凛々しい眉がキリキリと吊り上がっていきます。

 どうやら件の貴族とは、因縁浅からぬ仲のご様子で。


「過去に戻って自分自身を殴ってやりたいわ」

「じゃあ私は未来でリメリアさんを労わる準備をしますね」


 過去を殴るために握りしめた拳を私がそっと撫でると、その拳はすぐにほどけて、ついでに互いの表情も緩みます。


「しかし、ルチアに対してえらく熱烈だったわね。必要だとは言え、ちょっと妬いちゃうくらい」

「ただの本心なんですけどね。それにリメリアさんへも言葉にした方がいいなら、幾らでも言いますよ」


 それからリメリアさんの好きなところを指折り挙げていって、二十一個目になるというところで、真っ赤になった彼女は白旗をあげたのでした。


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