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30.棄てられ令嬢追い詰める。

 


「さて、威勢よく出て来たはいいけど、どう探したものかしら」


 眉間に皺を寄せたリメリアさんが、階段の前で足を止めます。

 ここまでは一本道でしたが、ここからはルチアが階段を降りたか、そのまま廊下を直進したか、二者択一です。


「あまり魔法には詳しくないんですが、探知魔法? みたいなのもあるんじゃありませんでしたっけ。それはどうです」

「……苦手なのよ。あれって繊細なコントロールが必要なのだけど、自分の魔力が邪魔をして上手く探れないの」


 魔法使いリメリアさんの意外な弱点でした。

 とは言え、軽い提案だったのにそう深刻にされるとなんだかこっちが申し訳なくなってしまいます。


「それならそれで問題ないですよ。使えれば楽が出来るなと思ったくらいで、行った方向の検討自体は付くので。それに遠くにも行ってないでしょうし」

「何故そう言い切れるの?」

「あの姿じゃ出入りできる場所はある程度決まってますし、何より、ここの石床は動物の足じゃ走り辛いんです」


 なんてったって私も経験者ですから。

 ふんす、としたり顔を作って見せれば、リメリアさんには微妙な表情で迎えられます。


「そういえばそうだったわね。間近で変わるところを見たのに、やっぱりまだ実感が薄いわ」

「実感ならすぐに沸くかもしれませんよ。これからはそっちの姿でもお世話になりますから」


 何が原因で戻ってるか解らない以上、しばらく夜のルーティンは変わらないでしょうしね。


「そうもそうね。ところで、結局ルチアはどっちに行ったと思うの?」

「足が一本凍りかけてましたし、そんな状態で階段を急いで降りたくはないと思います。なのでこのまま直進、きっと突き当りの窓辺りに居ますよ。木を伝って降りるなら、あそこでしょうから」


 二階から飛び降りることは出来なくはないでしょうけど、その拍子に足でも折ったらそれこそ逃げるのは不可能になります。

 身体が小さいと高さも馬鹿になりませんからね。


 私の実体験から導きだされた解の答え合わせ、その機会はすぐ、廊下の突き当りにて訪れました。




「ぐるるぅ」


 このお屋敷の廊下の終端で、息も荒く、犬歯を剥き出しにした黒い犬が窓の淵へと飛び乗ります。

 そこを突き破って、あとは外にある木に飛び移るだけ。

 私の予期した通りのルチアの画策は、けれど、ガチンと固い音を立てて、窓に張った分厚い氷に阻まれました。


「逃がさないわ」


 ルチアに追い付き、追い詰めたリメリアさんが音楽隊を指揮をするように腕を振るうと、昼の陽気で満たされているはずの廊下に冷気が迸ります。

 冷気は瞬く間に扉という扉を凍らせていき、逃げ道という逃げ道を念入りに閉ざしていきました。

 唯一の脱出口だったはずの帰り道、リメリアさんの背後には丁寧に、廊下ごと封鎖するような巨大な氷壁まで顕現させて。

 普段は日差しが良く通り、ぽかぽかと暖かいはずのお屋敷の一角は、今やまるごと巨大な氷室と化していました。


 ……というか、いつの間に氷壁なんて作り出したんでしょう。早過ぎて分かりませんでしたし、大体魔法ってもっと蝋燭くらいの火が灯るとか、摘まめる程度の氷が出せるとかじゃなかったですっけ。なんだか、私の知ってる魔法と規模が違うんですが。


「拘束させてもらうわ、ルチア」


 春に突如極寒を出現させた当人は息一つ乱さずに、廊下の隅で寒さと恐怖に震える子犬へと歩み寄っていきます。


「たくさん、聞きたいこともあるから」


 首根っこを掴み極寒の主がニコリと笑うと、恐怖が限界に達した哀れな小動物は四肢をだらりと緩め、意識を飛ばしてしまったのでした。

 それを見たリメリアさんはなんだか拍子抜けしたという顔で、片手間にお部屋の掃除でもするように廊下に張った氷を溶かしていきます。


「やっぱり寒いわね。もう少し氷、薄くした方が良かったかしら」

「気を付けるところ、そこじゃないと思います」


 リメリアさんからすればちょっとした脅しくらいなのでしょうが、私としては、今日からルチアが氷の悪夢に苛まれないことを祈るばかりです。




「……ん、ここは、執務室……? なんで自分、こんなところに」


 あの逃走劇からしばらく、長椅子に寝かされていたルチアが、ようやくもぞもぞと起き出します。

 そしてぼんやりとした顔で私を見ると、ようやく思考が追い付いたようで、カッと目を見開きました。


「っ! これは」

「すみません、寝てる間に縛らせて貰いました。ルチアと二人きりで話すなら、それが最低条件だと言われたので」


 寝かされたままのルチアは満足に動かせない身体を捻り、私と相対するように座り直します。


「この後に及んで話? 何が目的っすか。自分は公爵を裏切り、フェイを陥れようとした。それだけのことっすよ。聞きたいことがあるなら尋問でもなんでもすればいいじゃないっすか」


 捕まった以上、もう自分の行く末はどうにもならないという在る種の開き直り、でしょうか。

 両手足の自由を奪われているルチアは、それでも私の前で不遜な態度を崩しません。

 しかし、まずはその誤解を解いていかないといけませんね。


「取引をしましょう、ルチア。貴女の大事な人を、助けてあげられるかもしれません」


 私の話を聞いたルチアの表情が、今少しだけ真剣な物になりました。


 さて。ここからは私の話をどこまで信じて貰えるかが勝負です。

 リメリアさんが呪いのせいで苦手とするところを私が担うことが出来るのなら、ただ待っているだけよりもきっと、もうちょっとだけ良い結末に出来るはずですから。


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